8.森のヌシであった者 前編
翌日、魔物の追跡を再開してしばらく進んだ頃、遠くからミシミシという木が倒れる音が聞こえてきた。
「森を荒らしていた魔物は、この先…?」
「恐らく。ここからは慎重に進む」
気づかれないよう慎重に歩みを進めると、断続的に聞こえる倒木の音がだんだんと大きくなってくる。それと同時に、前方から強いプレッシャーのようなものを感じるようになった。これが魔物の放つ魔力だというのなら、間違いなくこの先に森を荒らすピンチビードル…ヌシがいる。
物陰に隠れつつ近づくと、やがて目の前に巨大なクワガタムシのような魔物の姿が見えた。岩のような巨体を持つその魔物は太い顎で目の前の木々を次々と捻り倒していく。
「さ、流石にデカすぎるやろ、あいつ…」
「あんなに大きな魔物、本当に倒せるのか…?」
「分からない…けど、情報収集だけでもしないと成果が無い」
ということで暫く物陰から様子を窺っていたが、巨大なピンチビードルは黙々と目の前の木々を薙ぎ倒しながら進んでいく。その身体には所々に大きな古傷があり、その隙間からは細長いキノコが生えて…え、キノコ?
「ねぇ、シイ。あのキノコって…」
「ん、間違いない。あれは…」
「グオォォォォ!!」
その時、シイの言葉を遮るように大きな雄叫びが聞こえてきた。そのあまりの音圧に吹き飛ばされそうになるのを堪えて目線を上げると、木々の高さほどもある熊が二足歩行でピンチビードルに歩み寄ってきていた。その周囲には数頭の子熊の姿がある。
「あれは…ラウドベアー?! どうしてここに…?」
「西の森から流れてきんか…って、こっちに向かってきとらんか?」
「ここは危険、一時撤退!」
ラウドベアーの気が立っているためか、周囲の魔力が震えて恐怖心を煽ってくる。震える足を走らせて遠くの木陰に隠れつつ様子を見ると、ラウドベアーとピンチビードルが臨戦態勢に入っていた。体勢を低くしグルルと唸るラウドベアーに対し、ピンチビードルも顎をカチカチと鳴らして威嚇する。ジリジリとした睨み合いの末、先に動いたのはラウドベアーの方だった。
「グルワッ!」
その巨体に似合わぬスピードで、四足歩行でピンチビードルに突進するラウドベアー。それを顎で挟んで受け止めようとしたピンチビードルだったが、直前でジャンプし顎の一撃を躱す。そして、ピンチビードルの顔面に強烈なパンチを繰り出した。
「ジジッ?!」
「グルル…ガルォォォッ!!」
硬そうな外殻にヒビが入るほど強烈なパンチに怯むピンチビードルに、追撃のアッパーをかますラウドベアー。吹き飛ばされてひっくり返ってしまったピンチビードルは、ラウドベアーの咆哮を食らって岩に叩きつけられてしまった。その衝撃で岩は崩れ、ピンチビードルは瓦礫の下敷きになってしまう。
「流石ラウドベアー、恐ろしい破壊力…!」
「あのピンチビードルを一瞬でボロボロにしてまうなんて、なんちゅうバケモンや…」
「…いや、待って。まだ生きてる…!」
ラウドベアーの破壊力にピンチビードルの死を確信したその時、何かに気付いたリーシェがそう叫ぶ。次の瞬間、瓦礫の山が吹き飛ばされ、中から満身創痍のピンチビードルが這い出してきた。しかし、その傷は見る見るうちに再生していき、数十秒もすれば元通りの姿に戻ってしまった。
「何、この異常な再生力…?!」
「これは…ただのピンチビードルじゃない……」
ギギギと鳴きながら再び顎を鳴らしてラウドベアーを威嚇するその姿を見て、シイは深刻な表情で呟いた。
「あれは…パラサイトビードル……!!」