7.魔法と詠唱の話
日が傾いてきたころ、僕たちは道端にテントを広げて野営の準備を始めた。シイはルナがいつの間にか採ってきていた食用の立派なキノコの調理にかかりきりだが、三人もいればあっという間に設営が終わってしまった。
「…あれ? 今日はうまくいかないなぁ…」
余った時間で魔法の練習をしようと水球を作り出してみたが、うまく制御できずに丸い形を保てないでいた。しばらく格闘するも、制御を失った水球は力なく地面に落下してしまう。その様子を見ていたルナが近くに咲いているサイレントフラワーを指さした。
「ん? あぁ、サイレントフラワーが悪さしとるんとちゃうか?」
「サイレントフラワーが…?」
「ああ。サイレントフラワーには周囲の魔素を取り込む性質があるらしくてな、この花の近くだと魔法が掻き消されてしまうんよ。ほれ」
そう言ってルナが小さな風の刃をサイレントフラワーの生えている方向に放つと、風の刃はあっという間に小さくなって消えてしまった。
「ほらな? レイは魔法の制御が苦手みたいやし、些細な変化でも影響が大きいんやないか?」
「成程ね…」
「まぁ最初はキツイかもしれんけど、慣れの問題やろ。何度か挑戦しとるうちにコツ掴めると思うで」
「そうだね。ちょっと頑張ってみるか」
そうして魔法の制御に格闘する事数十分程。ようやく制御が安定してきたので、試しに向かいの倒木に氷の刃を放つ。放たれた魔法は狙い通りに枝を一本切り落とした。
「おぉ~、最初に比べると大分上達したね! この威力と精度なら実戦でも使えるんじゃない?」
「いやぁ…まだ発動まで時間がかかるし、魔法に集中しないと使えないから戦闘中に放つのは無理だね。遠距離からの奇襲で使うならアリかもしれないけどね」
「いや、無詠唱でそこまでの威力出せるなら十分凄いと思うで? あたいは詠唱使ってもさっきの威力と同じくらいやし…」
「わたしは治癒魔法なら無詠唱でもできますけど、攻撃魔法は簡単にでも詠唱しないと出せないな~」
「あの、ところでさ。…詠唱……?って、何?」
「「え?! 詠唱を知らんのか、レイ(さん)!?」」
僕の素朴な疑問に、二人は驚愕の表情を浮かべた。リーシェにもルナの訛りが伝染してる…
「詠唱と言えば、魔法発動の効率化において基礎中の基礎技術やろ。教わらんかったんか?」
「うん。最初の頃に練習方法をシイに教えてもらったけど、ほとんど独学だし…」
「…そう考えると、独学で詠唱も知らず、短期間であそこまで魔法が使えるようになったレイさんって、かなりの魔法の才能があるんじゃない?」
「せやなぁ…しかし、どうしてシイはレイに詠唱を教えなかったんや? 詠唱を知っとったらきっと今頃魔法使いとして主戦力になれたかもしれんのに…」
「…それは、隙が大きいから」
振り返ると、調理を終わらせたシイが取り分けたスープを持ってきていた。各々カップを受け取り、キノコソテーの乗ったスキレットを囲うように座ったところで、シイが続きを語る。
「詠唱には発声が伴うから、魔法攻撃に気付かれる可能性が高い。それに、高威力の魔法は小型の魔物相手だと過剰火力になって、素材をダメにする場合もある。そう考えると、詠唱での威力上昇よりも基礎能力を高めるべきだと思ってあえて教えなかった」
「成程なぁ、私はてっきり教え忘れかと思ったで」
「ソ、ソンナコトナイヨ」
(あ、これ図星だな…)
片言で呟いた後、ぎこちない動きでソテーを頬張るシイにそう思いつつ、僕もスープを一口飲むのであった。うん、やっぱりシイの料理は最高だね。