3.トラブルだらけの冒険者登録
翌日。朝食を食べ終えた僕は、リーシェに連れられて冒険者ギルドを目指していた。教会周囲の小さな林を抜け、大通りを西に歩いて行った。
「ここがアンカーの街か~。活気があっていい場所だね」
「アンカーの街は大陸一の漁師街なんだ~。街の西側は巨大な漁港で、南側には貿易港もあるから、サウストエンド王国では王都の次に大きな街なんだって」
「へぇ~。どんなもの売っているんだろう」
「気になるなら、ちょっと見てみる?」
リーシェの提案に僕は頷き、近くの屋台を順に見て回った。街の屋台には見たことのない魚や、聞いたことのない動物肉の串焼きが売っていた。
「この植物は…スギキリ草に、ベルフラワーかな」
「どうして名前を…あれ、レイさん。その古びた本は?」
昨夜見つけた本を眺めながら屋台の植物を眺めていると、リーシェが声をかけてきた。
「この本? 部屋に落ちてたんだけど、大まかな地理とか動植物とか、色々なことが書いてあってさ。ゼロの創世記って名前の本みたいだけど」
「ぜ、ゼロの創世記…?! ちょっと見せて!」
「え? 良いけど…どうしたの急に?」
本の題名を聞いたリーシェは目を見開くと、素っ頓狂な声を上げた。言われるがまま本を差し出すと、リーシェはその表紙を食い入るように見つめていた。
「この文字って……え、まさか、本物?! じゃあどうしてうちの教会に…?」
リーシェはぶつぶつと呟きながら、震える手でページをめくった。その表情や声色には驚きと困惑の色が浮かんでおり、名状しがたき不気味さに怯えているようでもあった。
「確認するけど…レイさんはこの本を『読める』んだよね?」
「そうだけど…この本って、そんなに貴重なものだった……?!」
そう言いかけて、僕はこの本の異常性に気が付いた。確かに僕は、リーシェやテス神父たちと会話ができるが、この世界の『文字』は僕の知っているものとは全く異なるものだったのだ。ではなぜ、この本を読むことができるのか…??
「…その表情、どうやら気が付いたみたいだね」
「あぁ……ねぇリーシェ、この本って…一体何なんだ?」
「恐らくだけど、これは本物の『ゼロの創世記』で間違いないわ」
そこまで言うと、リーシェは大きく深呼吸した。
「私たちの宗教・箱庭教では、この世界は神々の遊び場として作られたとされているの。その世界の法則や国家、動植物などの『世界設定』を記しているものこそが『ゼロの創世記』という本なのよ」
「つまりこれは、聖書の類なのか?」
「いいえ。これは神が記した本であって、聖書とは全く異なるわ。それが証拠に、この本は世界中のどんな人間でも読むことができるの。たとえ使う文字が異なっていても…ね」
リーシェはゼロの創世記の『世界地図と国家』のページを開くと、僕に見せてきた。
「ゼロの創世記は世界中に幾つもあって、各国王室の宝物庫とか、博物館とかに保管されているんだ。わたしも実物は初めて見たけど…こんな特徴を持つ本、他に知らないから本物で間違いないと思う」
「そうなのか…こうなったら、他のゼロの創世記の内容も気になってくるなぁ」
「王都の大図書館とかに行けば、写本があると思うけど…それだとレイさんには読めないよね」
「確かになぁ…とりあえず、次の目標は王都に行くことにしようかな」
そんなに貴重な本ならば、天使と悪魔の少女が告げたように、ゼロの創世記を集めることは僕には無理かもしれない。でも、本の内容は一読の価値があるだろう。次なる目標に胸を高鳴らせながら、僕はリーシェと共に大通りを進んでいった。
冒険者ギルドは街の中央広場と西門との中間位の場所にあった。2階建ての立派な建物で、大きな青い三角屋根が特徴的だった。建物の中は木材を基調とした落ち着いた空間が広がっており、左手に併設されたバーのテーブル席には顔つきの悪い三人組の男が話し合っていた。
僕らは右側の案内カウンターに向かうと、受付嬢さんが笑顔で出迎えてくれた。
「冒険者ギルドへようこそ! 本日はどのようなご用件でしょうか?」
「わたしと彼の冒険者登録をお願いします」
「分かりました。ではこちらの用紙に必要事項を…」
リーシェも登録するんだ……そう思っていると、受付嬢さんの話を遮って「ガハハハッ」という下品な笑い声が聞こえてきた。
「おいおい、冒険者ギルドはいつからそんなガキの登録を認めるようになったんだよ」
「しかも隣のそいつ、喧嘩すらやったことが無さそうなヒョロガリじゃねえか」
「そんな木偶の坊がいるから、冒険者の質が下がるんだよ」
「違いねぇ、ガハハハッ」
振り返ると、顔つきの悪い三人組が笑いながら歩み寄ってきた。その様子に思わず顔をしかめると、受付嬢さんが静止の声を上げた。
「冒険者登録は成人していれば誰でも登録できるというルールです。それに、冒険者認定は我々ギルドの仕事です。若い芽を摘むような行為は許されることではありませんよ」
「俺たちはただ、こいつらの事を心配してるだけだぜ? 弱っちょろいこいつらが死なないようにな!」
「そうそう。嬢ちゃんみたいなガキはそんな頼りないのじゃなくて、俺たちみたいな強い男を選ばないとなぁ」
「それにもっと気持ちよくもなれるかもな、グハハハハッ」
そう言いながら、彼らはリーシェに手を伸ばす。僕はとっさに彼女の手を引いて庇うように前に出た。
「あ、何だテメェ?」
「いい加減にしろよ…リーシェが怖がってるだろ…!」
震える声でそう言うと、彼らはたちまち激高した。
「んだとぉ、このガキ!」
「痛い目見ないと分からねえみてぇだなぁ!」
「えぇい、やっちま…げふっ」
「ふべらっ」
「あばぁ」
そう怒鳴りながら男たちは拳を振り上げ、襲い掛かってきた。これは骨の1,2本は覚悟しないとな……そう思っていると、横から水球が飛んできて、彼らの顔面に直撃した。その勢いのまま吹っ飛ばされた男たちの反対方向を見ると、黒髪ショートカットの少女が立っていた。
彼女の周りにはこぶし大の水球がいくつも周回しており、釣り目気味の顔で3人を睨んでいた。気が付くと周囲には野次馬が集まっており、皆心配そうに成り行きを見守っていた。
「ギルド内での争いは禁物……それに、不満があるなら私が相手になる」
「ちっ、しゃあねぇなぁ……おいゼイ、ドルク、行くぞ」
「お、おう……」
少女の一言に、男たちはすごすごとギルドを去っていった。その様子を見て少女は鼻を鳴らすと、周囲の水球を霧散させた。