3.パニックラビットガール
「いや~キッッッツイよぉこの依頼…」
日が傾いてきたので宿に戻るや否や、リーシェはベッドの上に突っ伏してしまった。結局、今日一日で達成できた依頼は二件だけであったが、物陰や隙間に逃げるカーバンクルを合計三十匹以上駆除した結果、皆疲れ果てた顔をしていた。
「とはいえ、この調子だと被害は増える一方。根本的な対策が必要かも」
「根本的対策、ねぇ…」
椅子に腰かけたシイがそう指摘する。とはいえ、罠の類は効果が薄いって話だしなぁ…
「正直言って、あまり効率のいい依頼じゃない。カーバンクルの素材は宝石が高く売れるとはいえ、良くても依頼主と折半の依頼がほとんど。これだと畑仕事の方が安定して稼げるから、わざわざこっちを受ける人は少ない気がする」
「カーバンクルって、フレアボウと同ランクなんですよね? そう考えると依頼報酬が銅貨数枚はちょっと渋いですしね…」
「討伐報酬も低い、素材買取代も天引きされるとなったら好んで受ける人はいない」
「とはいえ、困ってる人を助けるのが冒険者の役目でしょ? 何とかたいけどな~…大変だけど」
「まぁ、それで割を食う訳にはいかないよね…」
そう呟きながら、僕は今日の報酬金である銀貨三枚半の入った革袋を指でつついた。貯蓄はあるとはいえ、これだけだと宿代と食費でほぼトントンなんだよなぁ…
「考えててもあれだし、お風呂で汗を流してこよっと」
「あ、私も行く!」
こうして僕たちは宿の浴場へと向かったのだった。しかし、仕事の後にこうやって汗や汚れを流せるのは実に気持ちがいい。シイ曰く相場より宿泊料はやや高いらしいけど、僕はいつでもお風呂に入れるこの宿を選んでよかったと思っている。未だに三人一緒に寝るのは慣れないけどね…
「いや~、やっぱりカーバンクルはすばしっこくて敵わんわぁ…」
そんなことを一人流し場でシャワーを浴びていると、ガラガラと浴室の扉が開く音がして少女の声がした。…少女の声?!
思わず振り向くと、金髪のツインテールに縁の細い丸眼鏡をかけた裸の少女がくたびれた顔で入ってきた。前はタオルでかろうじて隠れているが、健康的な肉付きが見え隠れしている。
「…へ? こ、こんにちは~…?」
「あ、どうも…って、ちょっ、なんで男がいるんや?!」
目と目が合って思わず間抜けな挨拶を交わすも、すぐに少女は顔を真っ赤にして僕を指さす。慌てて視線を逸らしつつ、僕は抗議の言葉を口にする。
「いや、ここ男湯!」
「ふえ?! え、あ……そうなん…?」
「ここの風呂場、定期的に男湯と女湯が入れ替わるでしょ?! 今日がその日!」
「あ…その……」
だんだんと声が小さくなる少女。ちらりと横目で顔色を窺うと、表情は怒りから羞恥へと様変わりしていた。
「す…すみませんでした~~~!」
そう言って脱兎の勢いで浴室を後にすると、少女はそのまま上着を羽織って風呂場を飛び出してしまった。まだ脱衣籠にスカートやら下着やら残ってるんですけど…?
「あ~……どうするかなぁ、これ…」
とりあえず、彼女の服をこのまま男湯に放置しておくのもあれなので、一度身体を洗い終えた僕は少女の衣服を片手に風呂場を後にした。彼女の姿を探しつつ歩いていると、談話室の隅っこで顔を真っ赤にして丸まっている姿を発見した。
「あの~、忘れ物ですよ…」
おもむろに近づいて声を掛けると、少女は水色の瞳を潤ませながら抱き着いてきた。
「あああありがとぉぉなぁぁぁ!」
「わわっ、何ですか急に! っていうか、その格好で抱き着かないで…」
「慌てて飛び出したもんだからぁぁ、部屋の鍵も置いてきてしもうてぇぇぇ、ず~っとこのカッコでここに隠れてたんよぉぉぉ……!」
「わ、分かった! 分かりましたから、とりあえず服を着て…」
なんとも同情を誘う話だけど、その格好で抱き着かれるのは色々とマズい…!!
「…レイさん……?」
ふと、背後から吹雪のような声が聞こえて恐る恐る振り返ると、リーシェが無表情で立っていた。その後ろには、シイが半眼で様子を窺うシイの姿もある。
「男湯の方から悲鳴のようなものが聞こえたので、気になって出てきたけど……レイさんって、そんなに手の早い人だったんですね…?」
「こんな人目のある場所でとは、レイも中々大胆」
「いやこれは誤解で…って、いつの間に戦斧を? あのちょっとシイさん、話を、お願いだから話を聞いて…!!」