2.カーバンクルパニック!
「い、一体何が判明したんですか…?」
恐る恐る尋ねると、アスタロットは険しい表情を緩めてほほ笑んだ。
「なぁに、さっきの話よりも危険な話題じゃないよ。とはいえ、深刻度はこっちの方が上かもしれないけどね…」
そう言ってアスタロットは机の上のクッキーを摘んだ。その間に届いたお茶のお代わりを一口飲むと、彼女はふぅと溜息を吐いた。
「話によると、各地の農村で鼠害が頻発しているらしい。中には村の食糧の半分を食い荒らされたところもあるそうだ」
「それは深刻ですね…」
「しかも厄介なことに、ただのネズミではないらしい。カーバンクルという魔物を知っているかい?」
「カーバンクル…というと、確かEランクの魔物ですよね?」
以前、ゼロの創世記を開いた時に特徴を読んだ記憶がある。大きめのネズミ型の魔物で額に宝石を持ち、魔法を放ってくる厄介な魔物だったはずだ。
「ああ。素早いうえに魔法で手痛い反撃を受けるから、中々駆除が進んでいないようでな…」
「罠の類で捕まえる…とかはダメなんですか」
「カーバンクルは賢いから、中々罠には引っかからないんだ。これ以上被害が広がらなければいいんだが……」
そう言ってため息を吐くアスタロットであったが、事態は思ったより深刻であることをこのときの僕たちはまだ知らなかったのだ……
「さて、今回はどこの畑に向かいましょうか…って、何だろうこの依頼。緊急クエスト?」
「こっちにも貼ってあるよ。内容は…カーバンクルの駆除?」
数日後、ギルドのクエストボードを眺める僕たちの前には、いくつもの緊急依頼が貼ってあった。その内容のどれもがカーバンクル駆除に関わるものである。
「被害が深刻だって聞いていたけど、こんなにあるとは…って、とうとうスイーデの街中にも現れたのか」
「報酬額自体はまぁまぁだけど…どうする? 受ける?」
「パパっと終わらせられたらこっちの方がお得かもですし、今日は試しにこっちを受けてみませんか?」
「それもそう。だとすると…この辺の依頼がいいかも」
そう言って、シイは手頃な依頼を見繕って手続きを済ませる。各々武器を携え、早速一件目の駆除現場に駆け付けた。
「こんにちは~、駆除の依頼で来ました~!」
「おぉ、お嬢さん方が依頼を引き受けてくれた冒険者だね? ありがたいねぇ…」
「それで、カーバンクルはどこに出たんですか?」
「この下にある食糧庫じゃ。暗いから気を付けて降りるんじゃぞ」
依頼主の老夫婦に挨拶すると、お爺さんは地下倉庫の扉まで僕たちを案内した。
「それではよろしく頼むぞ。ワシ等には素早すぎて捕まえられんのじゃよ…」
「任せてください。それじゃ、開けるから逃げられないよう見張ってて」
慎重に扉を開けて中を覗き込むと、額に宝石を持つネズミの群れが食料に群がっていた。その数は十を軽く超えるだろう。カーバンクルたちは一斉にこちらを見ると、蜘蛛の子を散らすように部屋の隅へと隠れてしまう。
(そ、想像以上に数が多い…?!)
二人に手招きして静かに部屋の中に入ると、扉を閉めてさっき見た光景を説明する。
「そ、そんなにいたんだ…」
「物をどかしつつ駆除…しかない。かなり面倒だけど…」
こうしてカーバンクル駆除が始まったのだが、その作業は普段の畑仕事以上の重労働だった。倉庫の物を脇に除けつつ、逃げ出たカーバンクルを仕留める。しかし戦斧は狭い倉庫内で振り回すことができず、慣れないナイフの扱いに苦戦するリーシェは何度もカーバンクルを取り逃してしまう。しかも反撃で怪我を負うこともしばしばあり、最終的にリーシェは怪我の治療要員として行動していた。
そんなこんなで、倉庫のカーバンクルを殲滅する頃には、太陽は真上に登っていたのだった。