1.スイーデの休日
スイーデで暮らし始めて約一か月。各地の畑仕事を手伝う生活を続けていたおかげか、この世界に初めて来た頃よりも体力がつき、体つきも若干筋肉質になったように思える。もともと細身だったので、ぱっと見はあまり変わらないのだけど…
「…およ? レイさんの腕、初めて会った時より引き締まってるね」
そう風呂上りにリーシェに指摘されて気が付いたのだ。そういうリーシェは相変わらず華奢なままで、一体どうやってあの大きな戦斧を振り回しているのか実に不思議である。毎朝素振りをしているようだが、あんなに重い戦斧を振り回すなんて、僕には真似できそうにない。まぁ魔法で身体能力を強化すれば、造作もないことなのかな…?
一方、シイはヒノデの国の料理が気になるらしく、休日に宿屋の主人から教わっているらしい。時折作った料理をおすそ分けしてもらったが、非常に美味しく、どこか懐かしい味がした。今日もニクジャガを教わるんだと言って、朝食を食べ終えると厨房へと向かってしまった。
そんな訳で一人手持ち無沙汰になった僕は、スイーデの街を散策していた。時折露店を覘きつつ大通りを歩いていると、見知った女性とばったり遭遇した。
「おや、レイじゃないか。奇遇だな」
そう気さくにほほ笑む女性…アスタロット・ジ・スイーデに、僕も会釈を返した。
「こんにちは、アスタロットさん。今日はアスタロットさんもお休みですか?」
「いや、今日は騎士団の方に用事があってな。今はその帰りさ。…そうだ、君の知恵を借りたい案件があってだな……良ければ一緒にお茶でもどうだい?」
「丁度暇してた所ですけど、僕の知恵なんかが役立つかは分かりませんよ…?」
かくして立ち寄ったカフェのテラスで、アスタロットさんは紅茶を一口飲むとおもむろに口を開いた。
「先月、壁の中でスマートリザードの群れが発見された事件があっただろう? あの事件の調査報告書が届いたんだが、どうにも腑に落ちない点があってだな…」
「腑に落ちない点…ですか」
あの出来事は、今でも鮮明に覚えている。街中の冒険者や騎士が集められて結成された討伐部隊の威圧感には圧倒されたものだ。
「スマートリザードの侵入口を塞ぐため、討伐後に調査部隊が足跡を辿ったそうなんだが…足跡は畑の真ん中で途絶えていて、そこから先を追うことはできなかったそうだ」
「…えっ? つまり、あのスマートリザードの群れは畑の真ん中に突然現れたって事ですか…?!」
「…まぁ、足跡は雨なんかで消えてしまうことがよくある。ただ、不思議なのはここからで、今後の魔物の侵入を防ぐために、外周の塀に穴が無いか徹底的に確認したそうだ。だが……」
アスタロットは顔を寄せると、小声で続きを語った。
「全周を歩いて確認したそうだが、魔物が入れるような穴や崩壊した部分は無かったそうだ」
「ええ?! それじゃあ、あのスマートリザード達はどこから入ってきたんですか? やっぱり突然現れたんじゃ…?」
「私も初めはそう考えた。だが、転移魔法というものは非常に高度な魔法だ。あの群れを召喚するとなると、何かしらの儀式魔法の証拠が残っていてもおかしくはない」
「それが見つかっていないということは、よほど計画的に行われたんですかね…?」
僕の呟きに、アスタロットは難色を示す。
「だとしたら、動機が分からない。あの規模の魔物の群れが壁の中に現れるのは確かに脅威だが、対処できないほどではないからな」
「だとしたら、魔物の対処で混乱させることが目的で、本命は別にあるとか?」
「その線もある…だが、だとしたら黒幕の目的は何だ? 私が言うことではないが、スイーデを混乱させるだけなら手段はいくらでもあるはずだろう?」
「…まぁ、そうですね……」
その後もいろいろと意見を交わしたものの核心をつかむには至れず、調査の続行と警備体制の強化が必要だというところで決着した。すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干し、お代わりを注文したところでアスタロットが「そういえば」と呟く。
「調査の際に、一つ分かったことがあってだな…」