15.何気なく拾った本が、伝説の神器だった件
かくして始まったささやかな祝勝会は和やかに進んだ。セキレイに僕らの話を聞かせてほしいと頼まれたものの、話せることと言ったら魔物の集団ブレイク化事件くらいだったので、セキレイは少し残念そうだった。代わりにアスタロットが食いついてきたが…
「箱庭解放の鍵、か……聞いたことがあるような、無いような…」
どちらかというと、暗躍していた組織の方が気になっているようだ。
「それにしても、ゼロの創世記か~。その本って、今も持ち歩いてるの?」
「ああ、いつもザックに入れているからね。良ければ見てみる?」
「いいの?! みたいみた~い!」
ザックからゼロの創世記を取り出してセキレイの前に置くと、彼女は足の先で器用にパラパラとページを捲った。
「へぇ~、いろんなことが書いているんだね~。あ、私たちハーピィのことについても書いてあるよ!」
「とはいえ簡単な説明だけだから、どういう種族なのかはよく分からないんだよなぁ…」
二人でページを捲っていると、横からアスタロットがのぞき込んできた。彼女は本の内容を一目見るなり、険しい表情を浮かべた。
「この本の事は…あまり他言しない方がいいだろう」
「アスタロットさん? この本のことについて、何か知っているんですか?」
彼女は頷くと、本のある一節を指さした。
「ここに天地創造神話というものがあるだろう? ゼロの創世記というのは、この想像主が書いたとされる本で、伝説の神器の名前なんだ」
「ええっ?! じゃあこの本って、伝説の神器なの…?」
「恐らくな。セキレイがその本を読めたところを見るに、間違いはないだろう」
アスタロットのその一言に、セキレイは首を傾げる。その様子にアスタロットはやれやれと小さくため息を吐いた。
「…ハーピィ族は字が書けないため、識字率が非常に低い。セキレイも簡単な文字くらいしか分からないはずだろう? それなのに、セキレイはこの本をざっと見ただけで内容をある程度理解できた。…異常だとは思わないか?」
「ふぇ…? あ、確かに!」
「私の知る限りでは、そのような技術は聞いたことがない。…となると、何かしらの超常的な存在の技術と考えるべきだろう。この本が神器なのだとしたら、創造主にそんな力があっても不思議ではない。それに、レイは夢で天使と悪魔の少女に出会った後に、この本を拾ったと言ったね?」
「はい、そうですけど……まさか!」
「私の予想では、その二人こそが創造の天使リエと破壊の悪魔レイクであると考えている。箱庭教では、異界の旅人は神々によって異世界から招待された客人であるとされているからね。世界を管理するとされる彼女たちと何らかの繫がりを持っていてもおかしくは無いだろう」
アスタロットから語られる壮大な仮説に、僕はただ目を丸くすることしかできなかった。突拍子もないとはいえ、彼女の仮説には何の矛盾もない。
「…だとしても、僕がそんな何かに選ばれた人間だという感覚は無いんですが……」
「物語の主人公たちも、皆同じ感覚なのだろうね。話を戻すけど、そんな異質な本を持っていると知られたら、奪い取ろうとする輩が絶対に出てくるだろう。それだけじゃない。時空の旅人は、我々の知らない技術や知識を数多く持っているといわれている。レイが時空の旅人だと知られるだけで、たちまち権力者達から目を付けられるだろう。そうなったら、君の自由な冒険者ライフがどうなるか…分かるだろう?」
こくりと頷くと、アスタロットはふっと笑ってグラスを机に置いた。
「君の話は一切他言しないことを、このアスタロット・ジ・スイーデの名において約束しよう。この街で君の身に何かがあっても、この私が絶対に助けてみせるから安心してくれ」
「アスタロット・ジ・スイーデって…やっぱりアスタロットさんも貴族様だったんですね?!」
「ああ。…と言っても領主の娘というだけで、家督争いには微塵も興味のない。実態は、ただの一般市民さ」
そう言ってアスタロットはカラカラと高笑いをした。