12.狡猾なる者達
…ここで時は一か月ほど前、魔物の集団ブレイク化事件発覚時に遡る。
とある薄暗い部屋の片隅にある、転移の魔法陣が光り輝くと、無造作な髪に眼鏡をかけた、背の高い白衣の男が倒れこんだ。
「ふぅ、油断しました。何とか魔石に施しておいた緊急脱出機能が作動したようですが…この魔石はもう駄目ですね」
おもむろに起き上がり、自嘲気味に割れた胸元の魔石を眺める男……マルフィクは胸元の魔石を取り外すと、棚にある別の魔石を胸の窪みへと取り付けた。
「研究資料を失ったのは痛手だが、正直めぼしい成果が無かったのも事実。問題は我々の存在が知られてしまったことだが、いずれはどこかで露見すること。大した問題ではないだろう。ただ……」
マルフィクの脳裏に浮かんだのは、腹部を県で貫かれてもなおナイフを突き立ててきた、あの青年の事。正直実力自体は低い…だが、長年の直感はあの青年は危険だと告げている。
「実験ついでに、様子を見てみることにしましょうか。うまく始末できれば良し。できなくとも、実験の結果を得られれば十分でしょう」
マルフィクはそう言って笑うと、転移の魔方陣の中へと消えていった。
スイーデの街の西門前では、楯を構えた兵士や冒険者達が横一列に並び、厳しい表情で構えていた。塀の上では弓兵が遠くを監視している。
アスタロットが歩み寄ってくることに気づくと、列の中から隊長らしき鎧をまとった厳つい男が駆け寄ってきた。
「彼我の戦力差は?」
「最新の報告によると、スマートリザードの数がおよそ30。中にはブレイク化した個体もいたとのことです。対してこちらは兵士と冒険者、合わせて150弱……とはいえ、冒険者のほとんどはFかEランクなので、兵士と同等に戦えるものは100程度とみていいでしょう」
「そうか…。腕に自信のないEランク以下の冒険者は、門の前まで退避。また、腕に自信のある冒険者には陽動を任せたい。こちらに集まるよう声を掛けてくれ。兵士達は門の手前で整列し、スマートリザードが進路を逸らしたところを痛打せよ!」
「はっ、かしこまりました!」
隊長風の男は敬礼すると、列に戻って陣形を組みなおしはじめた。ただ、こちらに集まってくる冒険者はおらず、兵士に声を掛けても首を横に振るものばかりである。その様子にアスタロットはやれやれといった様子で首を横に振ると、僕たちに軽く頭を下げた。
「悪いが陽動は君たちに任せることになりそうだ。危険な仕事だが、引き受けて貰えるだろうか?」
「私は構わない。だけど、レイとリーシェの二人は……いや、何でもない」
「…そうか。では行こう!」
僕たちの実力を心配して一瞬こっちを振り向いたシイだが、すぐにアスタロッテに向き合ってそう告げた。その言葉にアスタロッテは頷き、僕らに向かって手招きをした。
「あれがスマートリザードだ。それにしても、中々数が多いな……」
歩いて数分ほどで、僕らは遠くにスマートリザードの群れを発見した。姿自体はスモールリザードによく似ているが、鋭い爪を携えているのが良く見える。スマートリザード達は時折立ち止まって周囲を警戒しながら、街の方向へと走っている。
「よし、この場所から魔法でけん制して、注意をこちらに向けさせるぞ」
「了解」
草陰に隠れて様子を窺っていると、本隊がこちらに歩いてきている姿が見えた。スマートリザード達が足を止めた瞬間を見計らってシイは氷弾を、アスタロッテは火球を同時に放つ。群れの中心に放たれた魔法に命中したスマートリザードは、よろけてこちらを振り向いた。
「ギャ?!」
「ギイィ? ギャウギャウ!」
奇襲に苛立ちの声を上げたスマートリザード達が突撃しようと身構えたが、ブレイク化したであろう赤黒い鱗の個体がそれを諫める。ブレイク化個体を先頭にこちらを警戒しつつ、五頭のスマートリザードが茂みを囲うようにじりじりと歩み寄ってきた。
「ちっ、陽動は失敗か……信号弾を放って、本隊の援護射撃を受けながら撤退しよう」
そう言ってアスタロットが信号弾を掲げたとき、本隊から三人の冒険者がスマートリザードの群れに突撃していく姿が見えた。その姿を見て、リーシェはあっと声を上げる。
「あの人たち、冒険者登録をしたときに絡んできた人たちじゃ…?!」
「部隊の指示に従わないどころか、事態をややこしくさせるなんて、とんだ冒険者だな……仕方が無い。後味は悪いが、あの馬鹿共を囮にして撤退する他ないか」
「…………」
アスタロットは苦々しくそう呟くと、静かのその場を離れようとした。しかし、リーシェは一向に動こうとしない。それどころか、彼女は背中の戦斧をそっと構えた。
「…リーシェ……?!」
「あっ、おい、危ないぞ!」
僕が声を掛けようとしたその瞬間、リーシェは戦斧を構えて襲われている冒険者達の元へと突っ込んでいった。慌ててアスタロットが制止するが、リーシェの行動に既視感を覚えた僕も慌ててその後を追う。
…リーシェはあの時、シイが一人で犠牲になろうとしたとき、真っ先に助けに行こうとしたタクミさんんい憧れてたんだよな……
「…変なことを学ばせてしまった。帰ったら再教育」
そう小さく呟いて、シイも僕の後に続く。その様子にアスタロッテは頭を抱えると、大きくため息を吐いて槍を構え直したのだった。