11.スイーデのクエスト
「イネの植え付けに、畑の雑草取り……何だか、平和なクエストばかりですね」
「報酬自体は悪くない…けど、討伐クエストの数が異常に少ない」
「畑仕事の依頼が多くて、相対的に少なく見えているのかな?」
翌朝。冒険者ギルドに向かった僕たちは、クエストボードを眺めながらそう囁きあった。依頼の内容はどれも畑に関するものばかりで、危険な狩猟系のクエストは見当たらない。
「おや、ひょっとして新入りかい? クエストがあまりにも平和でびっくりしただろう?」
呼びかけられてカウンターの方を見ると、麦わら帽をかぶった長い茶髪の女性が歩み寄ってきた。作業服姿ではあるが、その生地は上質なものだと分かる。
「ええ、随分と平和なんですね」
「ラクターは周囲を塀で囲われているからね、そう簡単には魔物が入ってこないのさ。そうだ、丁度人手が足りなくて困っていたんだ。良ければ私のところの仕事、手伝ってくれないかい?」
そう言って女性はクエストボードを指さした。そこには緊急と書かれた畑の作付の依頼があった。
「…ということは、あなたが依頼主?」
「そうだ、自己紹介がまだだったな。私の名はアスタロット。スイーデ周辺の畑の管理を任されている者だ」
「私はシイ、彼らはレイとリーシェ。こんなに沢山依頼があるなんて驚き。そんなに人手が足りない?」
「ああ、見ての通り広大な畑を有しているからね。街の住民だけでは人手が足りないのだよ」
「成程。それで冒険者に依頼を回している、と」
「そういうことだ。そしたらいつの間にか、冒険者の間で仕事に困らない場所として定着してしまったのさ。冒険する必要もないのにね」
アスタロットはそう言って苦笑いを浮かべた。
アスタロットの依頼を受け畑の作付を手伝う僕たちであったが、慣れない畑仕事というのは割と疲れるもので、2時間後には皆肩で息をしていた。
「皆、そろそろ休憩しようか。こっちでお茶の用意もしてあるぞ」
列の先頭で作業をしていたアスタロットに呼び止められ、僕たちは彼女の後を追って木陰に集まった。そこには小さなテーブルセットが置かれており、木箱には大きな水筒とティーセットが詰められていた。アスタロットは水筒の中の紅茶を手際よくカップに分けてゆく。
「慣れない畑仕事で疲れただろう。先日収穫した果実を少し取っておいていたはずだから、良かったら食べてくれ」
「ありがとうございます。それじゃ遠慮なく」
紅茶を受け取った僕はアスタロットの厚意に甘えて、サクランボに似た果実を一粒口の中へと放り込んだ。
うん、甘くておいしい。
「君たちのおかげで、何とか今日中にはこの区画の作付を終えられそうだよ、ありがとう」
「畑仕事って、こんなに大変なんですね…」
「ん、いい運動になる」
「そうだろう? だから、体力のある冒険者に協力を要請しているのさ」
そう言って紅茶を飲むアスタロット。呼吸の乱れ一つないその様子を見るに、体力は並の冒険者以上のものがありそうだ。そんなことを考えつつ、しばらくお茶を飲みながら談笑していると、上空から誰かの呼び声が聞こえてきた。気になって見上げると、セキレイが円を描きながら降下してくる姿が見えた。
「大変大変、たいへんだよ~!」
「どうしたセキレイ、そんなに慌てて何があったんだ?」
降り立って早々駆け寄ってきたセキレイにアスタロットが問いかけると、セキレイは翼をはばたかせながら叫んだ。
「スマートリザードが、壁の中に侵入してきているよ~!!」
「なんだって?! 群れの位置と数は!?」
「おおまかにだけど、数十頭はいるよ! 群れの位置は…ここから南西の方向で、東に向かってる!」
「その進行方向だと…行き先はスイーデじゃないか! 街の人間には伝えたのか!?」
「もちろん! 西門前に防衛線を張るって!」
「そうか…わたしもすぐに向かうと伝えてくれ」
セキレイは頷くと、街に向かって飛び立っていった。その様子を見ながらアスタロッテは苦々しい顔で溜息を吐く。
「スマートリザードか、また厄介なものが入ってきたものだ…。悪いが私は街に戻って防衛の指揮を執ってくる。君たちも…できれば参加してもらえるかな? 街にいる戦力だけでは心許ないからね」
「ん、分かった。…レイ、リーシェ」
「「了解!」」
各々武器を手に取った僕たちは、アスタロットの後を追いながらスイーデの街へと戻るのだった。