10.感動の再会
風呂上がりにホール脇のベンチに腰掛けていると、リーシェとシイが談笑しながらやってきた。表情が乏しいシイにしては珍しく、口角が上がっている。
「待たせちゃった?」
「いや、大丈夫。それより、いつの間にか随分と打ち解けてるみたいだけど、どんな話をしてたの?」
「え?! え~っと、それはねぇ…」
風呂場で何があったのかなと尋ねると、リーシェは途端に動揺して、目を泳がせ始めた。不審に思ってもう一度問いかけようかと思ったら、シイが自分の唇に人差し指を押し当てた。
「内緒」
「内緒って…あ~、割とプライベートな事?」
「そう。乙女の秘密の話」
「あ~それは聞きにくいなぁ…」
そう苦笑いを浮かべたところで、きゅるると腹の虫が鳴る音が聞こえてきた。音のした方向を見ると、お腹を押さえたリーシェが顔を赤くしていた。
「…お風呂上りに、急にお腹がすくことって…あるよね?」
「確かに、僕もお腹がすいたなぁ……確か、食堂ってもう開いている時間だよね」
「ね、ご飯食べに行こ!」
そう言ってリーシェは僕の手を引っ張ると、足早に食堂へと歩いて行った。
食堂では、すでに何組かの宿泊客が席についていた。僕たちも開いている席に腰掛けると、カウンターにいた少女がお水と食事を持ってきてくれた。チップを渡して受け取った僕は、そこにある物を見て目を見開いた。
「なんだろう…これ?」
「見たことのない料理。これが主食…?」
「これは『おにぎり』と言って、この大陸の西にあるヒノデの国で食べられているものなんですよ。原料はコメという、水辺で育つ作物なんです。作物の研究の為にラクターに持ち込まれたのをきっかけに、ここスイーデで盛んに育てられるようになったんだそうです」
興味深そうにおにぎりを見つめるリーシェとシイに、少女が説明をする。それを横目に、僕はおにぎりに噛り付いた。
この甘味、触感……間違いない。元の世界で毎日のように食べていた米そのものだ。多少粒が硬いが、塩味のしっかりとした塩むすびを、僕は夢中になって食らいついた。
「へぇ~パンとは違って、これはこれでおいし…って、レイさん泣いてる……?」
「え? あぁ、ほんとだ……懐かしい味だったからかな?」
「ひょっとしてお兄さん、ヒノデの国の出身ですか?」
「ヒノデの国…? いや、たぶん違う…かな」
昔、海の向こうにある大国に『日の出の国の皇子より…』といった手紙を出したという話を習った気がするが、ここは異世界だ。おそらく関係は無いだろう。…とはいえ、僕の元居た故郷と同じような食文化をしているヒノデの国……気になる…
「ヒノデの国って、どんなところなの?」
「そうですねぇ……聞いた話だと、ミソやショーユといった、豆を発酵させたものをよく食べるそうですね。ラクターでも再現しようと作り方を学んだみたいですが、中には糸を引くまで腐らせるものもあるそうで…」
「それ、食べても大丈夫なの…?」
少女の話に、リーシェは恐る恐るといった様子で呟いた。その食べ物に心当たりがある僕は思わず苦笑する。
「それで、結局ラクターでは作ってない…?」
「ええ。ミソやショーユは人気で流通量も少ないですが、やっぱりヒノデの国の物の方が味も品質も高いですからね。マジカ王国なら、ヒノデの国との交易船があるので手に入るかもしれないですけど…」
「なるほど。貿易品を探すしかないと……レイ」
新しい食材に興味津々な様子のシイは、少女の答えに一瞬表情が曇ったが、すぐに覚悟を決めた様子で僕に詰め寄った。
「な、何? ひょっとして、ミソが欲しいからマジカ王国まで行きたいとか…?」
「ん。今すぐに、とは言わないけど」
「僕も味噌や醤油には興味があるけど、結構離れてるからなぁ……将来的には行ってみたいよね」
「それじゃあさ、ラクター周辺である程度の資金を集めた後は、マジカ王国方面に向かうって事で良いんじゃない?」
「そうだね、まずは資金集めだよな」
リーシェの提案に賛同した僕たちは、明日に備えて早めに床に就くことにした。
…勿論ベッドは別々ですよ?