9.恋愛争奪戦、始まる…?
コーザックさん達と別れた僕たちは、良さげな雰囲気の宿屋を見つけて中へと入っていった。カウンターに座るそばかすの浮いたおさげ髪の少女が来客に気づくと、読んでいた本にしおりを挟んだ。
「今夜、三人で泊まりたい。まだ部屋空いてる?」
「いらっしゃいませ。今日はお客さん少ないから、大丈夫ですよ」
「じゃあ、大部屋を一つお願…」
「ちょ、ちょっと待って!」
四人部屋を予約しようとするシイを慌てて制止すると、シイはキョトンとした様子で「何?」と首を傾げた。
「いやいやいや、さすがに年頃の男女が同じ部屋に泊まるのは色々問題でしょ!」
「…? 私は特に問題ない」
「シイが良くても! リーシェが困るでしょう、ね?!」
「へ?! う…うん、そうだね……」
頬を掻きながら、困った様子で答えるリーシェ。…少し残念そうな雰囲気なのは、気のせいだろうか?
「…ともかく、多少割高でも二部屋取りましょう、ね? てことで、二人部屋を二部屋お願いします」
「え~っと……」
おさげの少女は困った様子で僕たちの顔を順にみると、小さくにやりと微笑んだ。
「…ごめんなさい。今思い出したのですけど、二人部屋は予約でいっぱいなんです」
「えぇ? でもさっき、今日はお客さんが少ないって…」
「とにかく! 今の時期はご用意できるお部屋は大部屋一室だけなんです!」
何やら必死な様子のおさげ髪の少女。一瞬他の宿屋を探そうか迷ったが、面倒なのでこっちが折れることにする。
「…分かりました。それじゃあ、大部屋一室、朝夕食付きでお願いします」
「かしこまりました、それでは代金として銀貨2枚半頂戴します。お食事は時間内になったら一階食堂にお越しくださいね。また、宿泊期間中は一階浴場を自由にお使いいただけます」
困惑しつつも設備の説明を受けながら、宿代を支払う僕。鍵を受け取ったシイは少女に何かを囁くと、リーシェと共に鼻歌交じりで二階の客室へと歩いて行った。
う~む、どうしたものやら。
「…余計なお世話だったかしら?」
二階へと上がっていく三人組の冒険者の背を眺めながら、あたしはぽつりとつぶやいた。
あの青年冒険者は気付いていないようだけど、あの二人の情勢冒険者の表情には、恋慕の情が浮かんでいた。あたしも乙女の端くれとして、恋愛成就に手を貸すべきよね!
あたしはカウンターの引き出しから読みかけの本を取り出して、しおりの挟まれたページを開く。最近話題の小説で、あたしのお気に入りの一冊。時空の旅人が世界中を冒険し、異界の技術で人々を助けるお話なの。
それにしても、時空の旅人の魔法は本当に不思議。鏡を使って火を起こしたり、地面を掘って大量の水を出したり、棒だけで重い岩を簡単に動かしたり……
「…きっと、異界ではここよりもっと魔法技術が発展しているのね!」
物語の場面では、魔物にとらわれていた少女を時空の旅人が救い出し、少女から熱烈なアプローチを受けるシーンになった。しかし時空の旅人は、そのことに全く気付いていない。まるでさっきの青年冒険者のように…
「もしプロポーズされたら、あの冒険者さんはどっちを選ぶのかな? ほかにも意中の人がいるとか? それとも…」
去り際に感謝の言葉と共に渡された、少なくない額のチップ。それを握りしめながら、あたしはこの街にいる間だけでも、二人の恋の行く末を見守ろうと心に決めたのだった。
部屋に荷物を置いた僕たちは、旅の汗を流すために宿屋に併設された風呂場に向かった。この世界では給水・給湯の魔道具が発明されたため、入浴の文化が庶民にまで広がっているらしい。とは言え魔道具は値が張るので、公衆浴場があるのはある程度発展している街だけだそうだが…
「風呂に入れる機会があるってだけで、心躍るものがあるよなぁ……はぁ~」
まだ早い時間だからか、男性風呂には僕以外の姿はなく、体を洗った僕は浴槽の中央で足を延ばしながら大きく伸びをした。一人になってふと思い浮かぶのは、仲間である二人の事。
「シイは…どうして僕なんかについてきてくれたんだろう?」
シイの実力はランクが示す通り、僕たちなんかより数段上だ。もっと高ランクの冒険者とパーティを組んだ方が、得られる報酬も多くなるだろう。
(僕ら二人の旅路が、心配になったんだろうか…)
思い返せば、初めて会った時からシイは僕たちに何かと世話を焼いてくれた。僕たちの実力が心配で、わざわざ旅についてきてくれたのだろうか。
「…シイにばかり、頼ってはいられないな」
僕は一人、強くならなければいけないと決意した。
一方その頃、女性風呂では……
「まさか、レイさんと一緒の部屋で寝ることになるなんて…」
顔を赤くしたリーシェが、いつもより入念に身体を洗っていた。シイはそんなリーシェの様子を浴槽の中からぼんやりと見つめていた。
「私も一緒なのだから、レイもリーシェに手を出したりなんてしない」
「そ、それはそうかもしれないけど…気持ちの問題が……」
「むしろ、私が手を出させない」
シイの一言に、リーシェは「へ?」と一瞬目を丸くすると、恐る恐るシイに問いかける。
「ひょっとして…シイさん、レイさんのことが……」
シイは問いかけには答えず、頬を赤らめながら湯船の中に顔を隠した。その様子にリーシェはにやにやとした表情を浮かべると、さっと体を流してシイに詰め寄る。
「つまり、わたしたちは恋する仲間でありライバルってことですね! それでそれで、レイさんのどんなところが好きになったんですか!」
「…秘密。知りたいなら、等価交換」
「え、わたしの?! わたし場合は……」
こうして、少女二人は親睦を深めていったのであった。