7.天翔ける種族
スモールリザード達は近づいてきた僕たちに気が付くと、長い尾を振って振り払おうとする。それを横ステップで避けると、先頭の二頭に向かって背後から魔法が飛んできた。
「ギギッ?!」
「今!」
背後からシイの声が聞こえてくる。僕は魔法に怯んだ右前方のスモールリザードに駆け寄ると、首筋をナイフで切り裂いた。ガリガリという固い感触。どうやらさっきの一撃は硬い皮膚に阻まれたようだ。
「かった…うわっ?!」
ナイフを振り切って体勢を崩したところを噛みついて反撃するスモールリザード。慌てて前方に転がるように避けたところで、リーシェが大上段に戦斧を振り上げているのが見えた。
「せいやっ!!」
まるで薪でも割るかのように振り下ろされる戦斧は、僕を噛みつこうと伸ばしていた首に深々と突き刺さった。
「ギギャ!?」
「いい一撃じゃねえか。とはいえ油断してたら後続にやられるよ!」
魔法を受けたもう片方のスモールリザードにとどめを刺しながら、サイカが言う。仲間が倒されたことに警戒を強めたのか、残りのスモールリザード達は一塊になってじりじりと近寄ってくる。
「…逃げる気はないのかい。厄介だねぇ」
「しかし、スモールリザードは本来草食性で大人しい魔物のはず。なぜ執拗にこちらを狙うのでしょう?」
「さあねぇ……ともかく、襲ってくるなら倒すしかないね。ホーウェイ、シイ。デカい魔法を一発ぶち込んで頂戴。弱ったところを仕留めるよ!」
「「了解」」
ホーウェイは大きな雷の槍、シイは複数の氷の弾丸を生み出すと、一斉にスモールリザード達へ放つ。その瞬間、それまで様子をうかがっていたスモールリザード達は一斉に、馬車に向かって突撃してきた。二人の魔法は後ろの二頭に命中したものの、残った二頭が僕たちに突進してくる!
「しまった!」
「ひゃ?!」
目前に迫るスモールリザードに足をすくめたリーシェを脇に突き飛ばし、すれ違いざまにナイフを振るう。ナイフはスモールリザードの横腹を切り裂いたが、突進は止まらない。
「マズい!」
もう一方を仕留めたサイカが、慌てて馬車との間に割り込むが間に合わず、スモールリザードの突撃は馬車を…
破壊する前に、空から何者かがスモールリザードの頭部に降り立ち、衝撃でスモールリザードは地面に叩きつけられた。
「…え?」
「あれは……」
落下地点にいたのはノースリーブのワンピースのようなものを身に着けた白髪に黒メッシュの小柄な少女。だが、本来腕があるべき場所には子供の背丈ほどの巨大な翼が生えており、羽毛に覆われた足もまるで鳥のような構造だ。
戸惑う僕たちをよそに、サイカはその少女(?)へと親しげに近づいてきた。
「助かったよセキレイ。しかし、ここはまだ町から離れてるだろう? どうしてここに?」
「おかえりなさいサイカさん。実は、畑を荒らしていた彼らを追い払ったていら、サイカさん達の馬車の方向に行っちゃって、慌てて進路を変えさせようと追いかけていたの」
「なるほど、だから彼らは捨て身で突進してきたのですね」
「まったく、一歩間違えば大惨事だったんだぞ。だからいつも追い立てる方向には気をつけろと…」
「ご、ごめんなさ~いっ!…ところで、そこの彼らはどなた?」
ばつの悪そうな顔を浮かべた後、セキレイと呼ばれた少女(?)は興味深そうに僕の顔を覗き込んだ。
「彼らは昨夜、シャドーウルフの襲撃にあった際に助けてくれた冒険者ですよ。その際、ファルマ夫妻が怪我で倒れててしまったので、彼らに同行をお願いしているのですよ」
「なるほど、なるほど……わたしはセキレイ。よろしくね、腕の立つ冒険者さんっ!」
「?!」
そう言うとセキレイは小さく飛び上がり、僕の額に軽く口づけした。突然のことに思わず後ずさると、馬車からはっはっはと笑いながらコーザックさんが歩み寄ってきた。
「その様子を見るに、ハーピィ族と出会ったことがないのだね」
「ハーピィ族、これがあの…」
同じように額にキスを受けたリーシェとシイが感慨深そうな表情を浮かべる。確か、あの日拾った本の中にそんな記述があったような気が……
「まぁ、彼らは放浪する種族だから、接する機会も少ないだろう。おそらくハーピィ族が定住している街なんて、私の街くらいのものだろうね」
…ん? 今、「私の街」って言わなかった?
「あ、おかえりなさいラクターさん」
「おい、領主であるコーザック様に対してその口の利き方は無いだろう」
「はっはっは、構わんよ。自由な翼がある彼らに、私の権力など届かないからね」
「「「りょ…領主様?!」」」
驚く僕たちの方を振り向き、コーザックさんは悪戯が成功した子供のような表情を浮かべた。
「あぁ、そういえばまだ名乗っていなかったね。私はコーザック・ジ・ラクター。サウスとエンド王国にて伯爵位を賜っているよ」