5.襲撃後の夜明け
馬車に囲われた中に近づくと、焚き火の傍で血まみれの男が2人倒れており、その横で恰幅のいい髭の男性とリーシェがしゃがみ込んでいた。よく見ると、血まみれの2人は首筋や腹部に深い傷を負っており、荒い息を吐いている。僕らが近づくと、大鎌使いの女性が小さく手を振ってきた。
「お、来たね救世主くんたち」
「襲ってきた魔物たちは無事に追い払えましたよ。しかし、大変でいたね」
「ん、ナイトバードに目を付けられるなんて、災難だった」
「いや~、あたし達もまさかと思ったね。魔法で視界を奪われたときは死を覚悟したよ。あたしは何とかなったけど、2人は取り乱して、ね…」
そう言うと、苦々しい顔をしながら血まみれの2人を見下ろした。しばらくして、馬車の上から眼鏡をかけた金髪の青年が飛び降り、オーナーに報告をした。
「オーナー。襲撃してきたシャドーウルフは全滅、インテリオウルも追い払うことが出来ました。襲撃の要因となったナイトバードも、魔物の死骸に群がっているところを牽制して追い払いました。ところで、2人の容体は…?」
「ああ。幸い2人とも一命は取り留めたが、傷は深くてね。正直言って、早く治療院で手当てを行わないと、いつ死んでもおかしくない状態だそうだ」
「そうですか……僕はホーウェイ・リッジ。君、名前は…」
「リーシェです」
「リーシェ君か…2人を助けてくれて、ありがとう」
ホーウェイが礼を言うと、リーシェは俯き気味に頷いた。重い空気が流れる中、大鎌使いの女性はパンと手を叩いて立ち上がると、僕たちの元へと歩み寄ってきた。
「ま、何はともあれ助かったよ。あたしはサイカ・シグルド。コーザック様の専属護衛だ」
「僕はレイです。ランクEの新人冒険者です」
「私はシイ、ランクはCのⅠクラス。…ところで、報奨の件は?」
自己紹介しつつ切り出すと、コーザックさんが懐から小袋を取り出した。
「そうですね……治療費を含めて、小金貨7枚で如何かな? それと、魔物の素材は全部持って行ってもらっても構わんよ」
「…しれっと魔物の死体を処理させようとしているようだけど」
「はっはっは、バレてしまいましたか。と言っても、こっちも治療で手一杯でね」
シイの指摘に、コーザックさんはバツが悪そうな表情を浮かべて苦笑いした。そして袋の中身を確認すると、シイにそっと投げ渡した。
「騙すようで悪いから、さっきの額より少し色を付けるよ。代わりに、後処理の方はお願いするけどね」
「分かった」
「それと、リーシェさん…だったね。君には引き続き2人への治療をお願いしたいのだけど、頼めるかな」
「はい。できる限り頑張ります」
そうして僕とシイは魔物の剥ぎ取りに向かった。倒した魔物たちの皮を剥いでいると、シイが小さくつぶやいた。
「所々怪我をしていて、肉付きが悪い……縄張り争いに敗れた個体?」
そう言ってシイが指し示す場所には、嚙みつかれたような跡が残っていた。
「…もしかして、ラウドベアーに追われた群れが、こっちに流れてきているとか?」
「それもあり得る…っと、もう日の出か……」
休憩がてら市街の見聞を進めていると、いつの間にか右手側の空が白み始めていた。手早く素材と肉を剥ぎ終え、木陰に死骸を埋めたところで辺りはすっかり明るくなっていた。お腹も空いてきたので馬車に戻ると、シイは焚き火で肉を串焼きにし始めた。
「焚き火を貸してほしいと言われて何をするかと思ったら、串焼きですか…」
「旨そうな匂いだなぁ〜。あたしも1本貰ってもいいか?」
「沢山あるから、遠慮せず食べて」
「よっしゃ、それじゃ早速…」
そう言って焼けた肉に手を伸ばすサイカの額を、ホーウェイがぴしゃりと叩いた。
「無礼ですよ、サイカ」
「…そう言いつつ、あんたも左手に串を持ってるじゃねえか」
「サテ、ナンノコトヤラ」
そう言いつつそっと串を戻したホーウェイの姿を見て、僕らは笑いに包まれたのだった。