4.雨の馬車防衛線
僕たちが光った場所に近づくと、そこではコの字型に停まった馬車の周囲に何かが群がっていた。馬車の上には灯りを持った人影がおり、必死に魔法を放って応戦しているようだ。リーシェが周囲を火球で照らすと、漆黒の狼の群れと、大鎌を持った赤い長髪の女性が対峙しているのが見えた。
「ルルル…グルワァッ!」
「…危ない!!」
その時、僕らの背後からの奇襲に女性が叫ぶ。飛び退きつつシイは氷弾で反撃、僕はナイフで切りかかるが、即座に距離を取られて攻撃は空を切る。
「私たちも加勢しますか!?」
馬車に駆け寄りながらリーシェが声をかけると、彼女は周囲の狼をけん制して叫んだ。
「助かる! 襲って来てんのはシャドーウルフとインテリオウル。数は分からん!」
「そちらの人数は?」
「まだ戦えるのはあたしと魔法職が1人。奥にオーナーと怪我人が居るから、治癒魔法使える奴が居たら向かってくれ!」
「了解。リーシェは奥で怪我人の手当て。私とレイは魔物を追い払う」
「「はい!」」
返事をするや否やリーシェは馬車の裏へと向かい、僕とシイは大鎌使いの女性へ駆け寄った。
「私たちはこっちに加勢する」
「あいよ、2人ともナイフ使いとは珍しいね。馬車はあたしが見とくから、遊撃を頼めるかい?」
「了解。レイ、私がけん制するから、臆せず群れの中に突っ込んで」
そう言ってシイは数個の氷弾を作ると、近くの狼に向かって放った。氷弾の一つが後脚に当たり、怯んだところに突っ込んで首筋を切り裂く。そんな調子で数体のダークウルフを倒し、群れの中央に躍り出たところで宙から漆黒の魔力弾が降り注ぐ。
「っ!! 下がって!」
気が付いた時には目の前に漆黒の魔力弾が迫ってきていた。咄嗟に飛び退こうと足に力を込めると、急に周囲の動きが遅くなったような気がした。この感覚は、あの時マルフィクと戦った時の…
「…ッラァ!!」
身体を捻って魔力弾を避ける。その時、木の上に漆黒のフクロウが隠れているのが見えた。咄嗟に左手で石を拾うと、後ろ手で投げつける。石はフクロウに命中し、ばさりと地面に落ちていった。
「……ッ…今のは…?」
「レイ、大丈夫?!」
体勢を崩して倒れたところに、シイが駆けつけて周囲にけん制する。シイの手を取って立ち上がると、シイは驚いた様子で詰め寄ってきた。
「今、身体強化魔法を使ったよね? いつ覚えたの?」
「分からない。咄嗟に避けようとしたら、急に周りの景色が遅くなって…」
しどろもどろに説明しようとすると、周囲の狼がにじり寄ってきた。
「とにかく今は追い払うのが先。さっきのやつ、使える?」
「やってみます!」
短く息を吐き、両足に力を込めると、周囲の景色が遅くなる感覚がある。飛びついてくる狼の突撃を避け、首筋にカウンターを叩き込む。左足に噛みついてくる狼を振り上げた右足で蹴りつけ、追撃しようとしたところで頭上から魔力弾が襲い掛かってくる。咄嗟にナイフで魔力弾を受け流したところで、シイが叫ぶ。
「下がって!」
振り返ると、シイは周囲に氷塊を浮かべていた。咄嗟に脇に避けると、シイは最後の狼に向かって氷弾を放ち、見事に狼の頭部を撃ち抜いた。
「これでシャドーウルフは最後。後は…」
シイは樹上に目を向けると、樹上に向かって氷弾を掃射した。フクロウたちは氷弾から逃れるように飛び去って行く。その様子を警戒しながら見送ると、僕たちはほっと息を吐いた。
「お疲れ、レイ」
「シイもお疲れ。これで危険は去った…?!」
そう言って馬車に戻ろうとした刹那、周囲からチュンチュンという小鳥の鳴き声が聞こえてきた。ぎょっとして周囲を見ると、小さな漆黒の小鳥が倒した魔物の死骸に群がり始めた。
「魔物の数が多いと思ったら、ナイトバードに目をつけられていたのか」
「ナイトバード?」
「この小鳥の魔物の名前。周囲の魔物を鳴き声で引き付けては、獲物を襲わせる厄介な魔物」
「うわぁ…」
敵対的生ものを呼び寄せ、相手にけしかける…前世のゲーム用語で、確かトレインとかいう迷惑行為だったはずだ。それを狩猟手段に用いるという生態に冷や汗を流しつつ、死骸に群がるナイトバードたちを追い払い、僕らは馬車へと戻ることにした。