3.雨の日の過ごし方
ラズリと別れた僕たちは丘を越え、森の手前で東へ続く道に進路を変えた。しばらくしてふと見上げると、どんよりとした雲が空を覆っていた。
「うわぁ、何だか嫌な天気だね…」
「今にも降り出しそう…って、降ってきた?!」
噂をすれば、ぽつぽつと小雨が降り始めてきた。慌てて布を枝の間にかけて雨除けを作ると、雨はすぐに本降りになってきた。
「この降り方はしばらく止みそうにないな…」
「無理に雨の中進むと、体力を消耗する。この場所なら明日には街に着くだろうし、今日はここで大人しく一夜を明かした方が良いかも」
「そうだね…焦っても仕方ないし、大人しく雨が止むのを待ちますか」
そう言うと、各々野営のための準備を始めた。シイは手早く枯れ枝を集めると、火を起こして料理の支度を始めた。僕たちは手早くテントを設営すると、魔法の練習をすることにした。
「フゥーッ…フゥーッ……」
「その調子その調子、そのままもっと圧縮するイメージで…」
僕の両手の先には拳大ほどの水球が浮かんでいる。リーシェの指示に従い、水を圧縮するようにイメージすると、少しづつ水球が小さくなっていく。
「…放って!」
「ハァ!!」
水球の大きさが半分くらいになった頃、水球を勢いよく射出する。水球は狙い通り木の幹に命中し、ドンと鈍い音を立てて弾けた。その様子を見ていたシイは「お~っ」と感嘆の声を上げた。
「威力は大分上がってきたし、精度も十分合格点。後は発動までのスピードを短縮できれば、十分実戦で活躍できる」
「はぁ…はぁ…ありがとう、ございます……」
「魔法の制御自体は上手だと思うけど、想像したことを具現化するのが苦手なのかな…?」
「そう、かも……」
ここ1カ月間の特訓のお陰で簡単な魔法なら扱えるようなったが、そのためには極限まで集中する必要があるのだ。
「ところで、2人には上手く魔法を具現化するコツとかってある?」
「え?! う~~ん……」
「…難しい質問」
ようやく息を整えると、僕は2人にアドバイスを求めることにした。2人は戸惑いを浮かべると、手のひらを開いたり閉じたりしながら呟いた。
「…正直言って、魔法って1度使えるようになると自然とできるようになるものだから、何かを意識するってことはあんまりないかな……」
「私も最初は戸惑った。だけど、1度感覚を掴むめば、直感的にできるようになる」
「…つまり、練習を続けるしかないのかな…?」
「それが一番早いかもね」
「…もうちょっと頑張ろっと」
そうして僕は夕食ができるまで魔法の練習を続けたのだった。途中、放った魔法が馬車にぶつかりそうになるなどのトラブルもあったが、それ以外では何事もなく夜を迎えることとなった。
「う~ん、やっぱりまだ眠いなぁ…」
見張りのためシイに起こされた僕は伸びを1つして周囲の闇を見やった。見通しの悪い森の中に、雨音と自分の吐息が響き渡る。
(アオォ~ン…)
「ウルフ?!」
遠くから狼の遠吠えが聞こえてくる。慌ててナイフを構えて声の方向を探ると、ふと何かが光った。
「街道の先……魔法? 一体誰が…」
注意を向けるとまた何かが光り、後に炎が燃え上がるのが見えた。…間違いない、誰かが魔物に襲われている!
僕は慌ててテントに駆け込むと、毛布にくるまっているシイの肩を掴んで揺り動かした。
「シイ、起きて!」
「ん…さっき交代したばかり。何か問題?」
「近くで誰かが魔物に襲われてる!」
「む…どこ?」
眠そうに目を擦るシイの腕を引っ張りながら、僕は炎が上がっている場所を指さした。
「…確かに、誰かが攻撃魔法を使っている。…だけど、下手に助けに行くことはお勧めできない」
「え…ど、どうして?」
「倒した魔物素材の分配や、救援料の取引などで揉める可能性がある。特に、相手が冒険者だったらプライドを傷つけたと言われて喧嘩になることも…」
「…そんなこと言っても、明日の朝、あそこで誰かが死んでいるのを見ちゃったら後味が悪いよ……」
「うぇ?! り、リーシェ、いつの間に起きてたの…?」
いつの間にか隣にいたリーシェが、眠そうな声でそう呟いた。どうやら、シイを呼び起こす声で目覚めさせてしまったらしい。リーシェの呟きにシイはしばらく考え込んでいたが、やがて「分かった」と呟くと、ナイフを腰のベルトに挿した。
「とりあえず様子だけ聞いてみて、向こうが望んだら私たちも参戦しよう」
「うん。ありがとう、シイ」
「それじゃ急ぐよ」
僕らは各々武器を用意すると、雨の中を駆けて行った。