2.情報の取引って、何だか格好いい
「ではまずこちらから……まず、魔物の数についてお伺いしても?」
皆で紅茶を飲んで一息ついた頃、ラズリはおもむろに切り出した。シイはこくりと頷いて、小さく息を吸った。
「ここ最近、魔物の討伐数自体にはあまり変化が無い。ただ、ブレイク化した魔物の討伐数が多い。恐らくは、先の事件の残党」
「成程…暫く混乱は続きそうですね。その他に、街の周辺で何か事件があったりは?」
「街の東側の街道で、ブレイク化したゴブリンの残党が目撃されているけれど、それ以外では特には」
「そうですか…」
ラズリは胸元から取り出した手帳に、メモ書きを走らせながらシイの話に耳を傾けている。
しかし、情報か……確かに情報を得る手段は非常に少ないし、その有無が生死を分けることも痛感している。先の事件の時も、村を襲う魔物の情報がもっと詳しく伝わっていれば、あんな危険な冒険はしなくて済んだかもしれない。どんな情報でも仕入れておくことで、色々なところで有利に働きそうだ…
「…となると、近々大規模な討伐隊が結成されるかもしれませんね…。うむ、ありがとうございます。私からは以上ですね。それでは、貴女達はどんな情報をお望みですか?」
「ん、とりあえずはラクターまでの道中と、街の様子が知りたい」
「あと、出来れば王都の事も知りたいです。…と言っても、僕たちが王都に行くのはしばらく後になるかもしれませんけど…」
「…ふむふむ。それではまず道中の話ですが、この先の街道沿いで子連れのラウドベアーが出たという情報があります。地図で言うと…このあたりですね」
シーシャが机の上に地図を広げると、ラズリは指先である1点を指し示した。そこは現在地と目的の宿場街との間にある森だった。
「ラウドベアー…しかも子連れ……」
「私たちは森の南側を迂回してきましたが、スモールリザードやはぐれのウィンドウルフと何度か遭遇しました。恐らくラウドベアーから逃げてきた魔物達かと」
「その程度なら大丈夫そう……レイ、私たちも森の南を迂回していった方が良いと思う。とは言え、時間的に街に着く頃には陽が沈んでそうだけど…」
「仕方ない。街へは寄らずに、途中で野宿してラクターの街を目指そう。そうすれば、明日の夜にはこっちの街で休めるだろうし」
かくして、僕たちは森の南を迂回することが決まった。2杯目の紅茶を1口飲むと、ラズリは次の話を切り出した。
「ラクターでは、春野菜が豊作だったそうですね。夏野菜の生育も順調だと聞きましたから、恐らく今年は畑関係の仕事には困らないでしょうね。それに今年は集まっている冒険者の数が少ないそうですから、報酬の額も上がっているでしょう」
「それなら…収穫祭まで滞在しても良いかも」
「収穫祭?」
僕の疑問に、リーシェが小声で補足した。
「毎年夏の終わりごろに開かれる、有名な祭りだよ。みんなで蜂蜜酒を飲みながら、土地を守る賢者に感謝する祭りなんだって。国王陛下も毎年参加しているんだよ」
「へぇ~、それは楽しそうだね」
「…と言っても、今は陛下が体調を崩されているそうで、例年通りに開催できるか分からないと聞きましたが……その場合は王太子殿下がいらっしゃるかもしれませんね。昨年に成人の儀を迎えられましたし」
などとにこやかに談笑していたラズリであったが、2杯目の紅茶を飲み干すと、急に険しい顔をした。
「…最後に、これは貴女方にはあまり関係のない話になるかもしれませんが…」
そう呟くと、彼は王都の南側にある都市を指さした。
「…最近、ゲイトル周辺で深刻な不況が続いているようです」
「ゲイトル…って、サウストエンドの貿易拠点だったはずでは…?」
「ええ。何でも領主のギスター伯爵が、レーキンからの輸入量を大幅に増やし続けているそうで、市場は安くて高品質なレーキン製の道具が独占状態。そのせいで、ゲイトル周辺の職人たちは物が売れなくなっているんだとか」
「…あれ、輸送コストを考えたら、周辺の村から仕入れたほうが安いんじゃ?」
「あぁ、サウストエンドとレーキンの間にあるブレイシュ海峡は、クラーケンなどの危険な魔物が居ないんですよ。なので元々両国の間に交易船のルートがあったんですが、近年は交易船の数がどんどん増えているそうで…」
「なるほど。安定して大量に交易できるから、その分輸送コストが下がっているのか……それで、ギスター伯爵は安定した交易ルートを重視している、と」
「そのようです」
ラズリはそう言うと、大きく息を吐いた。
「最近は魔道具の他に、食料などの輸入量も増えているそうです。このまま物が売れない状態が深刻化すると、周辺の職人や村人の間で暴動が起こるかもしれません…くれぐれもご注意を」