1.旅の始まりと不思議な商人
アンカーの街から歩き始めて30分後、背後から誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。振り返ると、門の前で分かれたはずのシイが駆け寄ってくる姿が見えた。
「えっ、シイさん?! どうしてここに…?」
「…はあ、はぁ……レイ、リーシェ……そ、その…」
リーシェが驚きの声を上げると、シイは荒い息を整えながら照れ臭そうに呼びかけてきた。最初は目を泳がせていたが、大きく深呼吸すると急に頭を下げてきた。
「私も…っ、旅に、連れてって…!」
僕とリーシェは突然のことに目を丸くした。しばらくして、どちらともなく顔を見合わせると、リーシェがおもむろに口を開いた。
「いいよ、ね…? レイ」
「むしろ大歓迎だけども、どうして急に…?」
「そ、その……」
僕が尋ねると、シイは俯いて言い淀む。彼女は緊張の面持ちで、頬は紅潮しているようにも見える。そんな様子を見てリーシェは何かを悟ったらしく、にやにやと笑いながら間に割って入ってきた。
「ひょっとして、私たちを心配してくれたんですか?」
「え?! そ、そう……2人だけだと、分からないことも多いかなって…」
「そんな…わざわざありがとう。それじゃあ今後ともよろしくお願いします」
「ん、よろしく…」
緊張のためか動作がぎこちないシイと改めて握手すると、僕らは次の街を目指して旅を再開した。
アンカーの街からラクターの街までの距離は歩いて3日ほどあり、今日の目標地点は道中にある宿場街だ。
平野を抜け、丘の上で食事の支度をしていると、向こう側から馬車団が近づいてきた。馬車団は僕らの近くの空き地で歩みを止めると、先頭の馬車のから青髪のシルクハットをかぶった青年が飛び降り、僕らの方へ歩み寄ってきた。
「こんにちは冒険者さん。貴方達はアンカーの街から来たのですか?」
「ええ、そう」
「私はスラグ商会のラズリ・ダイル。もしよろしければ情報の取引は如何ですか?」
「私はシイ、ランクCのⅠクラス。是非とも」
「ほう…とすると後ろにいるのがレイさんとリーシェさんですね?」
「どうして名前を…?」
名前を言い当てられたことにリーシェが目を丸くすると、ラズリは「はっはっは」と上品に笑った。
「商人にとって情報は命ですからね。ささ、どうぞ。魔物の集団ブレイク化事件を解決した英雄さん方」
彼はそう言いながら、いつの間にかメイド服姿の従者が用意していたテーブルセットに座るよう促してきた。…おや? よく見ると、赤いメッシュが入った銀髪に隠れて、彼女の首元に何かがついている。
あれは…首輪……?
「おや、ひょっとして奴隷に興味がおありですかな」
「あっ、いや、ただ首元に何かついてるなぁ~と思って…」
「あぁ成程、確かに近年の奴隷は契約印を身体に刻む場合が多いですからね。シーシャのように首輪付きの奴隷を見るのは初めてでしたか」
ラズリは静かに紅茶を入れる従者…シーシャに目配せすると、彼女を隣に座らせた。
「シーシャは犯罪奴隷でして、この首輪を外すことが出来ないんですよ。もし間違いが起こったときに、迅速に処分できるように…ね」
「奴隷の首輪は、契約主が念じることで奴隷の首を絞める構造になっている。非人道的だから、今は犯罪奴隷や闇奴隷以外ではほとんど使われてない」
「まぁシーシャ曰く、全くの濡れ衣だそうですが……かといって勝手に外すのも重罪ですからね。彼女には申し訳ないですが、このまま共に旅をしているという訳なんですよ」
「なるほど…不躾な事してすみませんでした」
僕が頭を下げると、シーシャは静かに首を横に振った。そして紅茶をカップに注ぐと、そっと僕らに差し出してきた。