20.出会いと別れ
波乱の魔物の集団ブレイク化事件からあっという間に1カ月半が経過した。僕の怪我もほとんど全快し、今はリハビリのために日帰りで野草採取や魔物討伐を行っている。僕が安静にしている間にリーシェはタクミたちから指導を受けていたらしく、一足先にランクEに昇格していた。リハビリ期間中に僕も昇格することは出来たものの、戦闘技術には差がついてしまったことが少々歯がゆく感じてしまう。
さて、今日はリーシェと共にドル爺さんの武器屋を訪ねている。先の報奨金を資金に、リーシェの新しい武器を作って貰ったのだ。
「しかし本当にこれで良かったのかい? 華奢な嬢ちゃんが扱うのは難しいと思うが…」
「いえ、私はこの武器が良いんです!」
「そうかい? なら文句は言わんが…」
リーシェが武器に欲しがったのは、短刀でも弓でもなく、彼女の背丈ほどもある巨大なバトルアックスだった。彼女曰く、「武器に重量が無いと、戦闘の時に不安で…」選んだらしい。大剣使いであるタクミから指導を受けていたので、彼の感性が移ったのかもしれない…とシイが言っていた。
「よっ、と……あれ? 案外軽い…?」
ドル爺さんから斧を受け取ったリーシェが斧を上下しながら呟く。シイから斧を借りて持ってみると、確かに片手で簡単に持ち上げられるくらいには軽い。
「嬢ちゃんでも扱いやすいよう、出来る範囲で軽量化してある。その分一撃の威力は劣るから、刃先はこまめに研いでおかないといかんぞ」
「そうなんですか……重量系の武器なら、雑に扱っても大丈夫だって聞いたのに…」
「あんの坊主め、とんでもないことを吹き込みおって……いいかい嬢ちゃん。武器や防具というもんは、決して粗末に扱っちゃいかん。そんなことをしておると、いざという時に裏切られるやもしれんからの」
まぁ、ちょっとしたまじないみたいなもんじゃがの、と言ってドル爺さんは高笑いをした。
「ところで、明日にはこの街を旅立つんじゃろ? 行き先は決めておるのか?」
そう。僕とリーシェは明日、この街を離れて旅をする。この世界に来て最初の夜に見た謎の夢…天使と悪魔の少女達が語っていた『ゼロの創世記』を集めるために。
「そうですねぇ、とりあえずは王都を目指そうかなと…」
「そうか…特に急ぎでもないなら、ラクターの街に寄って行くといい。あそこは大陸有数の耕作地じゃから、夏場は仕事に事欠かないぞ?」
「ラクターの街、ですか…」
確かに持ち金のほとんどをリーシェの斧に使ってしまったし、資金に余裕ができるまでラクターの街に留まるのも良いかもしれない。
「リーシェ、どう思う?」
「良いんじゃない? 私は別に急がないし、お金に余裕を持つのって大事だよ?」
「だよね。じゃあ次の目的地はラクターの街にします」
「そうかい。気をつけてな」
「はい、お世話になりました」
「ありがとうございました~!」
店を出た僕たちが振り返ってお辞儀をすると、ドル爺さんはぶっきらぼうな表情ながら右手を大きく振っていた。その様子に顔を見合わせてくすりと笑うと、僕らは旅支度を整えるために中心街へと向かうのだった。
「今までお世話になりました!」
「なんもなんも、新入りの成長を見届けるのは経験者の務めだし、何よりの楽しみだからよ……って、昔俺に優しくしてくれた先輩の言葉がよく分かるな…」
翌朝、門の前まで見送りに来てくれたタクミとシイに向かって一礼する。陽気に笑うタクミと対照的に、シイは暗い顔で俯いていた。
「しかし、二人が居なくなると寂しくなるなぁ……なぁ、もう少し残っても良いんじゃないか?」
「そうしたいのも山々だけど、これ以上この街にいると離れづらくなりそうで…」
「私を育ててくれたテス神父と同じように、世界中を冒険するのが夢なので、このままこの街に居続けることは…」
「…いや、何処へ向かうのも冒険者の自由なんだ。別に引き留めるつもりはねえ。ただ…」
タクミはそう言葉を濁すと、横目でシイの顔を覗いた。その意味深な様子に問いかけようと思った矢先、タクミはばっと首を振る。
「いや、何でもない。とにかく、俺は2人の旅路を祈ってるぜ。辛くなったらいつでも戻ってこいよな? その時は一緒に酒でも飲もうぜ」
「そうですね。また会えた日は、是非」
僕らは固い握手を交わし、門の外へと歩みだした。しばらく歩いて振り返ると、タクミが笑顔で手を振っているのが見えた。それを見たリーシェも全力で手を振り返している。僕らは互いの姿が見えなくなるまで、手を振り続けていた。
「…で、お前はどうするつもりなんだ?」
レイたちの姿が見えなくなった頃、俺はなおも隣で俯くシイにそう尋ねた。それでもなお沈黙を続けるシイに溜息を吐くと、俺は言うべきか迷っていた言葉を口にすることにした。
「お前…レイの事、好きなんだろ?」
「……?!」
「図星か……ってコトはあれか? 好きな奴がが居なくなるからっていじけてたのかよ…」
「い、いじけてなんて…」
「あるだろ、その様子はよ」
「……」
さすがに痛いところを突きすぎたのか、すっかり黙り込んでしまったシイに、そっと耳打ちをする。
「行って来いよ」
「…え? でも、タクミが……」
「俺は一人でも平気だからよ、お前は自分のやりたいようにすればいい。それに今追いかけないと、きっとお前は一生後悔するぞ。…それでも良いのか?」
「ッ……厭だ…!」
「だったらとっとと追いかけて、捕まえてこい!」
そう言ってシイの背中を押すと、シイは勢いよく走りだした。途中でくるりと振り返り、
「ありがと、兄さん!」
「んなことやってて、置いてかれても知らねえぞ!」
そう言い残すと、シイはレイの後を追って平野を駆けていった。俺はしばらくその後ろ姿を眺めていたが、溜息を1つ吐いて城壁の中へと戻った。
「全く…世話の焼ける妹だぜ」
これにて第1章完結です。話の流れ自体は初期から決まっていたものの、文章化に時間がかかってしまった…
旅はまだまだ始まったばかり、今後はもっと執筆速度を上げていきたい所存です。