19.シイの告白
「そういえば、この後俺たちの勝利を祝って宴が開かれるらしい。…とはいえ、その調子じゃ2人は参加できそうにないな」
窓の外から聞こえる喧騒をぼんやりと聞いていると、タクミはふと思い出したようにそう言った。
「そうだね。僕はまともに歩けそうにないし」
「私は、もうしばらく休んでいたい…」
「そうか。じゃあ村長にはそう伝えとくぜ」
「後でおいしそうな料理、いくつか取り分けて持って来ますね」
「…そうだね。そうしてくれると嬉しいよ」
僕がそう言うと、リーシェは「了~解!」とサムズアップしてタクミの後を追った。2人きりになった病室は急に物静かになり、寂寥感が胸を少し締め付けた。
「……レイ」
小声でシイに呼びかけられて振り向くと、上半身を起こしたシイが神妙な顔で俯いていた。時折口を開きかけるが、言葉にできずにまごついてしまう。しばらくして、彼女は小さく深呼吸すると、小さな声でこう呟いた。
「私はあの時、”死んでしまいたい”って、思ってた…」
私は元々、小さな村の出身で、父親は私が6歳の頃、畑仕事中に魔物に襲われて帰らぬ人となった。それから数年後、母は行商人であるタクミの父親と恋仲になり、しばらくして再婚することになった。だけど結婚式の夜にゴブリン達に襲われ、母親はタクミの父親共々ゴブリン達に殺された。
その日から私は悪夢を見るようになった。もう顔も朧げにしか覚えていない両親や村の皆、そしてタクミ達が魔物から私を庇って死んでゆく夢。私は何もできずにその光景を眺めることしかできなくて、魔物はそんな私をあざ笑うかのように大切な人をどんどん殺していく…そんな夢。
実際タクミは私を養うために冒険者ギルドに入ったけれど、私に守られる価値があるなんて思えなかった。だから、タクミがそんな私の犠牲になってほしくないから、私も後を追って冒険者になった。
せめて命の危機が訪れたならば、私が代わりに犠牲になれるように。それが、私にできる唯一の償いだから……
「ねぇ、私は何のために生きればいい? 私が生きる価値って…何だと思う?」
「………」
その疑問に、僕は強い既視感を覚えた。かつての僕も、同じような悩みを持っていた気がするのだ。僕は目を閉じて考え込み、投げやりに一言、
「ない」
「え…?」
「生命に理由とか価値なんて、そんな大層なものは存在しないんじゃないかな。色々なことを体験して、感じて、考えたりした結果、楽しいと思えればそれで良いと思うよ」
キョトンとするシイの顔を見ながら、僕はさらに言葉を続ける。
「確かに辛い過去の事は、中々忘れられる訳じゃないし、忘れて良いことだとも思わない。だけど、それに縛られて悲観的になることは、誰も望んでいないと思う。折角冒険者っていう自由な存在になったんだから、皆の分までもっと今を楽しむべきじゃないかな?」
「……ッ…フフッ……」
そう言い切ると、シイは俯いて泣きながらクスクスと笑っていた。その様子を見た僕は口をへの字に曲げて、少し不貞腐れたような声で文句を言った。
「むぅ。僕、そんなに変なこと言った?」
「いや、違う…ただ……」
そう言ってシイは涙をぬぐうと、緊張した面持ちで深呼吸した。
「レイ。私はリーシェみたいに可愛い女じゃないし、ゴブリン達に犯された穢れた女。だけど、そんな私でも、レイの事……」
シイの声はだんだんとか細くなっていき、最後には絞り出すような声になっていた。彼女は声を、想いを絞り出すように尋ねた。
「…好きになっても、いい…?」
「もちろん、当たり前だよ」
「…そ、っか……」
荒い息を吐く彼女は上体を前に倒すと、僕の方を向いて小さく微笑んだ。
「…ありがと、レイ」