17.激突! 操魂の魔術師・後編
「それで、腹は決まったかね?」
「ああ。おまえの研究所とやら、ぜひとも見学してみたいものだね」
「そうか。ではついてくるといい」
そう言ってマルフィクは廊下の奥へと消えていった。警戒しながらその後を追って廊下に出ると、マルフィクは奥の扉を開いて待っていた。
マルフィクに続いて扉の中に入ると、そこは中央に巨大な魔方陣が刻まれた広間だった。周囲には棚や机の上に収まりきらない資料の紙束がいたるところで山積みにされている。
「さて…貴様は『黒蛇の操魂剣』を知っているかな?」
僕が部屋の様子に圧倒されていると、マルフィクはおもむろにそう語りかけてきた。
「黒蛇の…?」
「うむ。十二星士物語にも登場する神器であり、他者を操る能力があるとされている代物だ。その洗脳能力は強力で、我らがラサル様が12人の賢者を相手にすることが出来たのは、その剣の洗脳能力で相手軍を翻弄し、同士討ちを誘発させたことが一因だと言われており…」
高揚したマルフィクは、はっと我に帰るとここで一つ咳ばらいをした。
「まぁ、そんな強力な魔法である洗脳魔法なのだが、現在では失われた魔法となっているのだ。一説にはその危険度から、破壊の悪魔レイクによって存在が消し去られたともいわれている。しかし実際に黒蛇の操魂剣は実在するし、洗脳魔法の存在も記録がある。そこで私は洗脳魔法の研究のために黒蛇の操魂剣を解析し、ついに他者の行動を誘導する魔法システムを創り出したのだ!」
「それが、この魔方陣なのか……」
「…いや、これはあくまで刻印を付与するためのものだ」
「刻印…と言うと、あの魔物たちに刻まれていた魔方陣の事か?」
「いかにも」
マルフィクは頷くと、おもむろに彼の胸元に手を当てた。すると、白衣の奥で何かが赤紫色の光を放ち始める。警戒して身構えると、マルフィクはフッと笑って胸元をのぞかせた。彼の胸元には光を放つ赤紫色の透明な石が埋め込まれていた。
「魔法の構造としては契約魔法が元になっている。対になる刻印を身体に刻み、相手の意思を操ることを可能にした。ただ、相手に強い意志があれば失敗してしまうため、今は洗脳相手をブレイク化して意志薄弱にさせる必要があるのだがね…。しかし、裏を返せばそれはブレイク化したものを操れるともいえる。並外れた力を持ち、破壊を振りまく存在を自由にけしかけることが出来るのだ…!」
フハハハハと高笑いを浮かべると、マルフィクは何処からともなく剣を振りぬいた。咄嗟に飛びのくと、首筋を剣先が掠める。ナイフを構え直すと、マルフィクは自然体のまま「さて…」と呟いた。
「土産話はお終いだ。ここの秘密を知ってしまった以上、貴様を生かしておくことは出来ん」
「やっぱりこうなるか……!」
こうしてマルフィクとの戦闘が始まった。マルフィクの鋭い剣捌きをすんでのところで躱しながら、懐に飛び込む隙を伺う。しかし、隙を突いて懐に飛び込もうとすると、風の刃がそれを阻害する。ギリギリで致命傷だけは避けれたものの、マルフィクに一撃も与えられないまま斬撃を避け続けていった。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
「しぶとい奴だな。だがこれで…終わりだ」
攻撃の手を緩め、息切れする僕をあざ笑うようにそう告げると、マルフィクは巨大な風の刃を放ってきた。慌てて飛びのいたところに踏み込まれ、腹部に剣が突き刺さる。
「ぐ…」
痛みに顔をゆがめるが、マルフィクの口角が上がったのを見て、ナイフを強く握りなおす。相手が油断している今がチャンスだ!
両足に力を込め、剣が深々と刺さることも厭わずマルフィクの懐へと飛び込む。弾丸のように爆発的な瞬発力で懐に詰め寄ると、全力で胸元にナイフを突き立てる。
「……ッラァ!!」
「な…ッ?!」
ナイフは宝石に阻まれたものの、突進の勢いのまま僕らは地面に倒れ込む。地面にぶつかった衝撃で宝石が砕け……
宝石から放たれた閃光。爆音と衝撃で、僕は意識ごと吹っ飛んだ。