16.激突! 操魂の魔術師・前編
「リーシェって清楚なイメージだったけど、こんなに勇敢な一面もあるんだなぁ…」
魔物たちに囲われている中、タクミを後ろに庇いつつ、リーシェはタクミから借りた大剣を振るう。その凛々しさに思わず見とれていたが、はっとして僕はローブのフードを深く被りなおした。
僕は混乱する魔物たちに気付かれないよう物陰に隠れながら、村の中央を目指して進む。途中で廃屋の中を覗き込んでも、シイの姿はどこにも見当たらなかった。
「シイがいるとしたら…ここかな?」
僕は村の中央にある、一際大きな建物を見つつ呟いた。他の廃屋とは違い、入り口前は2体のゴブリンが見張っており、何かしらの秘密がありそうだ。
僕はゴブリン達に気付かれないように忍び寄ると、背後からナイフでゴブリンの首筋を切り裂いた。首を切り裂かれたゴブリンは断末魔も残さず崩れ落ちる。
「…失礼!」
「グギャッ?!」
もう片方のゴブリンは即座に槍を構えるが、臆せず懐に飛び込んで左胸にナイフを突き立てる。断末魔の叫び声をあげるが、すかさず首筋を切り裂いて止めを刺す。
「ふぅ…ふぅ……行くか……」
ゴブリンを殺したことではやる気持ちを抑えつつ、僕は建物の奥へと進んでいく。建物の中はボロボロの外見とは異なり、殺風景ながら清潔で傷一つない廊下が続いている。僕は小声で呼びかけながら、部屋を1つ1つ確認していった。
「みんなで助けに来たよ、シイさん。どこにいるの…?」
「…レ……レイ……?」
微かにシイの声がして、僕は大急ぎで声が聞こえてきた部屋の扉を蹴破る。生臭い部屋の奥に、脱力しきったシイがベッドに転がされていた。その服は乱暴に破かれ、両手足は麻紐で縛り付けられている。何があったのかは……想像に難くは無いが、ここで語るのは避けよう。
「ど…うし……て、ここ…に……?」
虚ろな目で問いかけるシイの肩をそっと掴んで、僕は優しく語り掛ける。
「みんなで助けに来たんですよ。タクミさんが、貴女を見捨てられないって」
「タ…クミ……も、いるの…?」
「外で魔物たちを引き付けています。さぁ、帰りましょう」
そう言って手足を縛る麻紐をナイフで切ろうとしたとき、背後から声が聞こえてきた。
「おやおやおや…何やら外が騒がしいと思ったら、ネズミが1匹忍び込んでいたとは……」
慌ててナイフを構えると、そこには無造作な髪に眼鏡をかけた、背の高い白衣の男が立っていた。その顔には薄笑いを浮かべている。
「私は”箱庭解放の鍵”第5席、操魂の魔術師マルフィクと申します。せっかくここまで来たのですから、いくつか質問にお答えしましょう」
「じゃあ……おまえたちの目的は?」
「そうですねぇ……『人類の開放』と言ったところでしょうか」
マルフィクは大げさな素振りでそう答えたが、その感情を読み取ることは出来なかった。抑揚たっぷりながら無感情な口調に、不気味さを感じて背筋に冷や汗が流れる。
「シイは…彼女は大丈夫なのか? 随分と朦朧としているけど……」
「ええ、私は特に何もしていませんよ。彼女が朦朧としているのは、ゴブリン共が飲ませた媚薬の効果でしょう」
「媚薬…?」
「ええ。ゴブリン共は捕まえた女を犯すときに媚薬を使うことがあるそうです。暴れないよう屈服させるために飲ませるそうで、命に関わることにはないそうですよ」
「そうか、良かった……」
その言葉に胸を撫で下ろす。とは言え怪しい薬を飲まされた以上、早めに手当てするべきだろう。そのためにこの場を早く去りたいところだが、無警戒な様子に得体のしれない不気味さがある。僕はマルフィクの隙を伺いつつ、肝心の質問を投げかける。
「そのゴブリンや魔物たちのブレイク化させ、操っていたのは…おまえか?」
マルフィクは口角を上げて「いかにも」と言った。そして彼は廊下に出ると、奥へと手招きする。
「せっかくここまで来たんだ、私の実験室に案内しよう」
「実験…室……?」
「ダメ……行っ…たら、ダメ……!」
背後からか細い声でシイが呼び止める。だが、マルフィクからは断れない威圧感が漂っていた。僕はシイの枕元にしゃがんで、小声で耳打ちする。
「罠だってことは分かってます。でも、もしここで断って戦闘になったら、身動きの取れないシイは怪我するかもしれない。それに、奴から情報を聞き出すチャンスでもあります」
「それ…でも、ダメ……! キケン…すぎる……!」
「覚悟の上です。まぁ、何とか隙を作って逃げ出してみせますよ」
「…分かっ、た……」
そう言ってシイはこくりと首を縦に振る。その姿を見て頷き返すと、僕はマルフィクへと向き直った。