14.生き急ぎ、死に急ぐ者達
「…悪いが少し用を足してくる。先に村に向かっていてくれ」
シイの身を案じて無言になっている中、俺はそう言うと茂みの影へと隠れた。俺はそのまま2人に気付かれないように村とは反対方向へと駆け出す。黙って置いてきた2人のことも気がかりだが、あいつらなら無事に村へと報告してくれるだろう。
(…悪いな2人とも。だが俺はどうしてもやらなきゃいけないことがあるんだ……!)
あの紫色のゴブリンたちの姿を見たとき、俺はかつて親父を失ったあの襲撃事件を思い出していた。あの時村を襲ったゴブリンたちの肌色は……
(あの夜の闇に溶け込むような、深い紫色……間違いねぇ。あの日親父を殺したのはあのゴブリン共だ…!)
勝ち目がないことは分かっているし、死ぬこと自体は怖くはない。それなのに、俺はゴブリン共に囲われたとき、囮になると言いつつもその足を踏み出せずにいた。あの日の悲鳴が、怒号が、不気味な笑い声が、俺の頭の中で木霊しているのだ。それでも震える脚に鞭を打って、俺はあの魔物の巣窟へと向かう。
(あの日の約束を違えるようなことは、しちゃいけねえよなぁ…!!)
あの日、俺たちは逃げ延びた村人たちに混じって、暗い夜の森の中を隣村目指して歩いた。唯一の肉親である母親を失い、泣きじゃくるシイに俺は約束した。
『俺たちは他人同士だったかもしれねぇが、今日から兄妹になるはずだったんだ。だったら俺が兄として、お前のことを守ってやる。どんな魔物に襲われても、俺が絶対に助け出してやるからな』
言葉は時に鎖となって、相手の心を締め付ける。
あの日の約束は、兄さんを縛る呪いになっていた。私を養うために冒険者になった兄さんは、痣だらけで家に帰ってくることが多かった。兄さんは仕事中にできた傷だというけれど、魔物に付けられた傷でないことは一目で分かった。
子供ながら淡々と仕事をこなし、ギルド内からの評価も高い兄さんは周りから相当な反感を買っていたようで、素行の悪い冒険者たちからカツアゲの対象にされていたのだ。
そんな兄さんばかりに辛い思いをさせたくなくて、私は兄さんの後を追って冒険者登録を行った。独学で魔法を学び、兄さんを補佐しているうちに、いつの間にか私たちは周りを黙らせるくらいの実力者コンビに成長していった。
しかし、兄さんへの心労は募る一方だったようだ。それもそうだろう。兄さんにとって守るべき存在である私は、兄さんと共に死と隣り合わせの世界で戦っているのだから。
「はぁ…はぁ…はぁ……兄さんたちは、逃げ切れ…た……?」
だから私は、ゴブリン達の犠牲になることは厭わなかった。殺されることも覚悟していたが、どうやら杞憂だったようだ。目論見通り、ゴブリン達は私を捕獲し、廃村へと持ち帰った。
もちろん、恐怖はある。だけど、兄さんが犠牲になるくらいなら、私がゴブリン共の苗床になることくらい何てことは無い。
「兄さん…どうか……私のことなんて気にせずに、好きに生きて……」
生臭い部屋の片隅で、痛みと快楽で朦朧とする意識の中でそう呟くと、私は糸が切れたようにそのまま意識を失った。