13.フレアボウ掃討作戦 逃走編
「ごめんなさい、ぼ、僕のせいで……」
崖際から全速力で離れつつ、僕はタクミたちに謝罪すると、タクミは苦笑いを浮かべた。
「まぁあれは不運な事故だろ。しゃあねえよ」
「少なくとも、ここが高台で良かった。逃げる時間は稼げr…」
シイがそう言い終わらないうちに、僕はタクミに肩を掴まれ地面へと転がされる。直後、風切り音がしたかと思うと、隣にタクミが倒れ込む。その左肩には矢が深々と突き刺さっており、矢口からは血が滴り落ちていた。
ふと左側を見ると、弓や槍で武装したゴブリンたちが近づいてきていた。僕らはとっさに藪の中に身を隠すが、ゴブリンたちは藪を掻き分けながら周囲を探し続けている。
「クソッ、別動隊がいたのか……」
「とりあえず、早く止血しないと…!」
物陰に移動したところで、リーシェが止血を行おうとするが、タクミはそれを手で制した。
「いや、ここもすぐにバレる。このまま逃げてもすぐに追いつかれるだろうし、ここは俺を置いて逃げろ」
「そ、そんなことできる訳…」
「…俺は怪我人だ。そんなに走っては逃げられねぇし、このままだと全員捕まって殺される。それなら俺が囮になった方が生存率は上がるだろ?」
「だからって、誰かを犠牲にするなんて、そんなこと…!」
「これが冒険者の世界だ」
涙を流して引き留めようとするリーシェにタクミはピシッと言い放った。
「おまえさんが住んでいる街の外っていうのは、いつも命の取引が行われている戦場であって、のほほんとした平和な世界じゃねぇんだよ。弱い奴に生存権はねえし、強い奴でも理不尽に命を失うことだってある。それでも生きていく覚悟が無いんだったら、とっとと普通の町娘に戻りな」
その言葉に、リーシェは静かに項垂れた。確かにタクミの言葉は不思議な納得感があって、間違いではないと思う。でも…
「誰かを犠牲にする選択肢が、正しいとは思えないよ…」
「その通り。犠牲を出すことは正しいことじゃない」
僕の呟きに、それまで黙っていたシイが口を開いた。
「…つまり、誰も死なずにこの状況を打破する策があるってのか?」
「ある」
そう言うと、シイはおもむろに立ち上がり、両手にナイフを構える。ゴブリン達はいつの間にか仲間を集めていたようで、周囲には10を超えるゴブリンたちが僕らを取り囲もうとしていた。
「今までありがとう、兄さん」
「バッ…お前…!!」
そう呟くや否や、シイはゴブリンの群れに向かって駆け出した。その腕を掴もうと、伸ばしたタクミの手は空を切る。シイは手前側にいたゴブリン2体に駆け寄ると、その首筋を正確に切り裂いた。それを見て周りのゴブリン達がざわめき出す。シイはその様子を見ながら振り返ると、
「生きて!」
「…………ッ!」
そう叫んで、シイはゴブリンの群れの中へと飛び込んでいく。タクミは苦虫を噛み潰したような顔をすると、静かに反対方向へと走り出した。取り残された僕とリーシェは顔を見合わせて戸惑いの表情を浮かべていたが、すぐにタクミの後を追った。
シイがゴブリン達を引き付けてくれたおかげでゴブリンの群れから逃げ出すことは出来たものの、タクミの姿は見失ってしまった。
「…ねぇ、レイ……」
タクミの足跡を追って森の奥へと進んでいると、リーシェが涙を浮かべながら話しかけてきた。
「…これで、本当に良かったのかな…? もっといい方法が、本当になかったのかな……?」
「…………」
僕は何も答えられなかった。もし原因があるとすれば、それは僕のミスだろう。危険な場所だというのに、素人の僕がついて行って、仲間を危険な目に遭わせて、自分はのうのうと生還する……
そんな自己嫌悪に陥っていると、遠くからすすり泣く声が聞こえてくる。静かに近づくと、涙を流すタクミの姿があった。
「…畜生ッ!」
横に立つ木に拳を振るうタクミ。ずん…という重い衝撃音が静かな森に響く。
「アイツめ……言葉遊びが上手くなりやがって…」
「タクミ…さん?」
「おぅ、リーシェに…レイもいるな。すまねえ、ちと取り乱してた…」
僕らに気が付いたタクミは腕で涙をぬぐうと、バツの悪そうな顔を浮かべた。
「あの、シイは…無事に戻って……きますよね?」
「もしあいつらが普通のゴブリンなら、殺されることは無いだろうが……ブレイク化している以上、生かしてもらえるかも分からん」
「そう、ですか……」
「ま、全員が生存する可能性は一番高いだろうけどな」
意気消沈する僕に、タクミは苦々しい表情で呟いた。
「アイツめ……たとえ生き残っても、どんな目に遭うか知っているくせに…」