0.創世の物語
この世界は生きづらい。現代社会を生きる中で、そう思ったことがある者も少なくはないだろう。
かくいう私は田舎者で、中学校時代のクラスメイトは30人程だった。友達付き合いは苦手な方だったが、彼らのほとんどは小学校時代からの付き合いなので、互いに気心の知れた仲だった。
しかし、田舎の中学生というものは高校進学を機に地元を離れてしまうものがほとんどで、かくいう私もその一人だった。私の成績は優秀な部類だったので、工業系専門学校へと推薦入学し、親元を離れて寮生活を送ることになった。今思えば、この選択をあまり深く考えずに行ったことが、私の人生を狂わせた原因なのだろう。
寮での生活は、私にとって耐えがたいものだった。慣れない寮生活の中で、日々の課題に追われる毎日は、じわじわと私の心を蝕んでいった。心無い学生からの盗撮や、SNSでのなりすまし。さらには匿名での誹謗中傷により、傷ついた心は3年目の夏にあっさりと決壊した。
学校を中退した後も、やりたいことは見つからず、漠然と毎日を過ごしていた。相次ぐ政治家の汚職に、激化する紛争。生きる希望を失った私は、今日も画面の向こうで輝いている人々を羨んでいた…
…………
気が付くと、そこは白く広大な空間だった。周囲には何もなく、距離感が狂いそうなほど平坦で真っ白な大地が広がっていた。
「ここは…一体……??」
「ここは、想像の世界。新たなる世界のゆりかごです」
突如、背後から澄んだ声が聞こえてきた。驚いて振り返ると、背後には二人の少女が浮かんでいた。右側の少女は青白い髪が肩口まで伸びており、背中には白い鳥の翼が生えている。左側の少女は腰まで届きそうな赤い長髪を持ち、背中には蝙蝠の羽が生えている。
不思議な光景に混乱していたが、人間離れした2人の少女を見て、私は不覚にも「綺麗だ」と見惚れてしまった。
「…どちら様、ですか……?」
「私たちは、まだ何者でもない存在です」
「……はぁ…」
私がおそるおそる尋ねると、天使の少女はおもむろに首を横に振った。その何とも抽象的な返答に気の抜けた返事をすると、悪魔の少女がやれやれというように溜息を吐いた。
「全くこの子は……そうね。簡単に言うと、ここはあなたの想像の世界なの。あたしたちは、言わばあなたの想像が具現化したようなものなのよ」
「なるほど……いや、仮のその話が本当だとして、どうして急にこんなことが…?」
「それはきっと、あなたの深層心理が映し出されているんでしょうね」
「…説明になっていないんだが?」
悪魔の少女の答えになっていない回答を、今度は天使の少女が補足し始めた。
「あなたが物事を認知するとき、物事はそこにあるのではなく、『そこにある』と思うから物事が生まれるのです」
「…つまり、どういうことだってばよ?」
「あなたが元居た世界も、『そういう世界に生きている』と思っていたからこそ、あなたはそこに存在していたのです。しかし、あなたは絶望し、理想の世界を望みました」
「よく分からんが、自分が望んだ理想の世界とやらがここ…なのか?」
「ええ。全てを投げ出してしまいたいのに、新しい何かに期待していて、誰も信じられないのに、可愛い女の子には甘えたい…」
悪魔の少女はそう言いながら、私のそばへと歩み寄ってきた。そして私の耳元に顔を近づけると、
「本当に、どうしようもない世界ね」
と、囁いた。
「ふん、何とでも言いやがれぇ」
「あら、拗ねちゃった? あたしは結構あなたの事、人間らしくて気に入っているんだけど」
「そういう思考も、全部俺の願望なんだろ?」
「うふふ、まあそう言うことにしときましょうか」
悪魔の少女が微笑んでいると、天使の少女も近づいてきた。その手には分厚い本が握られている。
「そんなあなたには、創造主としてこの場所に新たな世界を作ってほしいのです」
「…そんな大層なこと、俺みたいな社会不適合者に任せていいの?」
「そんなあなただからこそ、ですよ。人の醜さや汚さを知って、世界に絶望したあなたなら、より希望に満ちた世界が創れるはずです」
「…そんなもんかねぇ」
まぁ、頼られることは非常にうれしいことだけどね。私は天使の少女が持っていた本を受け取り、いつの間にか手に握られていたペンを真っ白な本のページに走らせてゆく。
さぁ、創り出そうか。
僕の理想の異世界を。