診察
鐘が鳴ってしばらくしたらハンナが『先生』を連れてきた。
……ああ、先生ってあの大きい烏か。
熱に浮かされたときに見た鳥の頭に黒いマントのあれが先生なのか。って事はまさかお医者さん?
明るい部屋で改めて見るとすごく不気味というか見慣れないというか、うん、なにかのコスプレみたい。
「目が覚めてからの様子は?」
おお喋った。
以外と若い声なんだ。
「スープを1皿召し上がりました。熱もないようで、ここ最近では一番お元気です」
「……なるほど、なるほど」
……なんか納得されてない感じがしますけど。
なんで?
回復したのはいいことなんじゃないの?
「クラウディア様」
「……はいっ」
危ない、考え事をしていたら声が裏返った。
そう、わたしはクラウディア。クラウディア。
横文字名前にはなじみがなくて聞きのがしそう。
「確かにお元気なようだ」
大きな烏は手袋をした手で、私の顔や首や手足の動きを確認するとハンナに声をかけた。
「ハンナ、ゼアビルド夫人と交代してくれ」
「承知しました」
ハンナが出て行ったのと入れ替わりに、今度はまた黒い烏が入ってきた。
今いるお医者さんよりちょっと背が低いかな。でもハンナよりは高い。
何より姿勢がとてもいい。背中に長い定規をさしてるみたい。
「お嬢様、お元気になられたようで何よりでございます、ゼアビルドです」
私に向かって一礼してくれる。その姿もまたピシッとしてる。
私はどう返すのが正解なのかわからなくて、じっとしていた。
「ゼアビルド夫人、私が先にローブを脱ぐ。その後あなたも脱いで欲しい」
「……承知しました。しかし本当によろしいのですか?」
「私が確証のないことを言うと思うか?」
きっぱりとしたドクターの言い方に、ゼアビルド夫人は少し迷っているみたいだけど、何かを決めたのか頷いた。
「……失礼をいたしました。お言葉のとうりにいたします」
ちょっとこの医者めちゃくちゃ上から目線じゃない?
たまにいるけどオレ様ドクター。こんなのが私の主治医なの?この烏頭が?
私が不信感をあらわに睨んでも、相手からは見えているのかいないのか表情がサッパリわからない。
あ!クラウディアちゃんが言ってたお面ってこのことか!
確かに顔がわからないから小さい子には不気味だよねぇ。
一人で納得している前でオレ様ドクターが烏を頭を脱いだ。
予想してたけどやっぱりあの時の茶髪のロン毛がバサッと垂れてきた。
その髪をかき上げてローブも脱ぐ。
現れたのはちょっとそのあたりでは見ることのできないレベルの美形だった。
前にも一度見ていたはずだけど、その時は熱が高くてあまり顔をよく覚えていなかったんだよね。
鼻筋がすっと通って、なにより目や鼻や口のパーツの位置が恐ろしく整った顔だちだった。
手袋を外す仕草も様になっていて、海外王室の貴公子みたい。
着てる服もめちゃくちゃかっこいい。ヨーロッパ系ともアジア系とも違う…民族衣装?どこかでみたことある。
あ、オリンピックでどこかの国が着てたやつ。どこだっけ?
「やはり変化がない」
そのびっくりするほど整った顔が私の前に近づいてくる。
瞳が深い森みたいな緑色で、何だか吸い込まれてしまいそう。
前言撤回。
イケメンは目の保養なので多少の横暴は許そう。
ローブを脱いだ状態でさっきと同じように首や手足を触ってくる。
さらに腰からなにかを取り出し、小声でなにかを唱えるとレコードサイズの円盤が現れた。きらきら光る緑色の円盤に金色の丸い円がいくつも描かれている。
ゲームに出てくるアイテムみたいでカッコイイ。
いつものようにと差し出されたのだけど、これは触っていいものなのかな。おっかなびっくり人差し指でちょこんと触れたら、両手です、と指示された。
しかし両手でどう触ればいいのかわからなかったので、首をかしげる。
いつもこんな事をしていたのかな?
記憶にはないのだけど、クラウディアちゃんが覚えてないだけなのか、これが初めての事なのか今の私には判断がつかない。
そんな私を見てドクターは私の両手を掴んで、円盤の上に手のひらを下にして置かれた。
ドクターが私の手を掴んだ時に、ゼアビルド夫人から息をのむ音が聞こえた。
両手を置いたところで円盤になにか変化があるわけでもないし、これでいったい何を調べたいんだろう。
「……驚きました」
「私も何度も試したがあの夜から結果は変わらない。大変興味深い現象だ。さて、ゼアビルド夫人」
ドクターが立ち上がると今度はゼアビルド夫人が烏のかぶり物を取り、ローブを脱いだ。
「素顔では初めてお目にかかります」
現れたのは厳しそうな学校の先生って感じのおばさまだった。
はしばみ色って言うのかな、薄い茶色の髪と同じ色の瞳。なんだか気位の高い猫を連想させる。
この館の管理をしてるとハンナに聞いていたけれど、会ったことはほとんどないゼアビルド夫人。
私に目線を合わせてくれて、微笑んでくれた。
私のことを本当に心配してくれてたんだなってその表情でわかる。
「このようにお目にかかれる日が訪れるとは思いませんでした。お体に辛いところはありませんか?」
「……ありません……」
「触れてみるといい」
イケメンオレ様ドクターが言うと、ゼアビルド夫人は一瞬きつく目を閉じてから、意を決したように私の手に触れた。
「さわれます」
そうだろうと言わんばかりのドヤ顔で見下ろすドクターも悔しいがかっこいい。
でもなぜ皆私に触るのにこんな仰々しいのかな。
ハンナは普通に触ってたよ?
ゼアビルド夫人が目を潤ませながら私の手を取り、悲愴な顔で言うのですよ。
「クラウディア様の身に何が起ころうとも、ゼアビルドもハンナも、お兄様方も、もちろんお母様も受け入れてくださいます」
まってまってまってさっきからなんなのこの流れ。
サッパリわからない。
「わたし、病気が治ったんじゃないの……です、か?」
と、思わず言ってしまった。
「治ったと言えるのかわからない。そもそも魔力が全くない今の状態の君が生きている事があり得ない」
もっと意味不明な答えが来た。
そう言えばこの前も魔力がどうこう言ってたけど、クラウディアちゃんの記憶の中にも魔力なんて言葉があったかな?あった?
「フランツ様、クラウディア様には今がどういうことなのかわからないのです。まだ5才になられたばかりなのですよ」
「5才でも世の成り立ちを知らないのではこれから生きていけないだろう。教育を疎かにしていい理由にはならない。このようにクラウディア様と自由に接することが出来るようになったのだ。早く教えていくべきだろう」
5才ってまだ幼稚園児じゃん。
そんな子供に世の成り立ちをとかいう?
自分の名前が書けるかな?のレベルじゃない?
わたしは目的があるからいろいろ教えて貰えるのは願ったり叶ったりだけど、こういう所がクラウディアちゃんに嫌われたんだろうな。
このドクターのことを思い出せなかったもん。
「もちろんお教えしていくつもりです。ですがその前にお兄様方や、リーラ様にお伝えいたします」
「それは好きにするといい。もうローブもいらないのだから、いつでも会える」
「ああ……この世の全ての神々に感謝いたします。クラウディア様をこの世に留め置いてくださったことを幾重にも御礼を申し上げます」
大げさなゼアビルド夫人の態度にも偉そうなドクターにも私はポカンとするしかない。
ねえクラウディアちゃん、どういうことなのか教えて……。