ハンナのスープ
「嬢さま、朝ですが起きられますか?」
ううう、なんか目がうまく開けられない。夢でたくさん泣いた気がする。
「お顔が腫れぼったいですね」
なかなか返事をしないわたしをハンナが心配そうにのぞきこむ。
「タオルを冷やしてお顔に当てましょう。気持ちがよくなりますよ」
枕元で水の音がしてから、目の周りにタオルを当ててくれた。
ひんやりして気持ちがいい。
「よくお眠りでしたねぇ。スープをお持ちしたんですがよく寝てらっしゃるからお下げしたんですよ」
「今、何時ころ?」
「もうすぐ三の鐘が鳴りますよ」
あれ、朝の何時から知りたかったんだけど、ちょっと違う答えが返ってきた。
もしかして時間の呼び方がわたしの世界と違うの?
「お元気ならなにかお腹にいれたほうがいいんでしょうけど、ミルクやスープみたいなものからお出しするように先生からは言われているんです。嬢さまはどちらなら食べられそうですか?」
スープ!ハンナのスープ!それは飲みたい。記憶では『わたし』がとても楽しみにしていたスープなんだ。
でも、うーん、お腹も減ってきたけどちょっと切羽詰まった生理現象も起きそうなので、とりあえずトイレに行きたいです!
「あの、トイレにいきたいの」
「といれ?お部屋の中にあるものですかね?」
……ハンナの声からはてなマークが感じ取れますが。
え、ここでは違う言い方をするの?
でも記憶の中にはトイレにかわる単語はないよ。
飲んで食べたら人間あとは出すだけだよね?
「えっとね、えっと」
タオルをずらしてハンナを見上げると、まったくわからないって顔してる!
いよいよ切羽詰まったわたしがもぞもぞしてるとハンナの顔がそうか!となった。
「はいはいわかりましたよ。これですね」
そう言ってハンナがベッドの下から取り出したのはなんと尿瓶!!!
まって!まさかベッドの上で?!
「お元気ならこちらも用意しますよ」
そう言って取り出してきたのは陶器でできた楕円形のタライらしきもの。
まさかとはおもうけどそれは、おまる?
この年になっておまる…でもトイレに行きたい。でもでもこの体はトイレに行った記憶がない。
まさかまさかまさか…。
さあさあとハンナに迫られてわたしはおまるをもってベッドをおりた……。
あとで確認したところちゃんとトイレはあるようだ。
わたしが部屋から出られないしベッド生活が長かったのでそのようモノを使うことにしていたみたい。
いや、ホントによかった。
早くトイレに行けるようにならないと!
一人で出来ると言い張ってすみのほうで用を足すと、それをハンナが外に始末しに行ってくれた。
自尊心とか羞恥心とかもろもろメンタルにくる出来事だった……。
しばらくして、ハンナが持ってきてくれたのはミルクとジャガイモを使ったハンナのスープ。
「さあさあ、腕によりをかけたハンナの特製スープですよ」
どろっとしたスープだけどすっごく美味しい。あったかい液体が喉から胃を通っていくのがわかる。じんわり体に栄養がしみてくる。
美味しいいいいい!
もう何日も口からものを食べていなかったからホントにしみる。
化学調味料なんて使っていないこの素朴な味わい。
クラウディアちゃんが好きだったのも肯ける。
噛みしめるように1皿飲むとお腹がいっぱいになった。
1皿食べられたことにハンナは満足げだった。気持ちはおかわりしたいけど胃がムリと言っている。満腹感が憎い。
「6時課になったら先生がお見えになります。それまでにお身体を拭いて差し上げましょうね」
やったー!体を拭ける!
髪の毛はまだ洗ってもらえないようだけど、いい、体だけでも!
蒸しタオルで体を拭いてもらって(女性同士だから羞恥心はこの際捨てる)、新しい寝間着に着替えると気分的にサッパリする。
先生が到着したようですって言われたけど、先生って??