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もう一度、勉強したい  作者: AKANE
クラウディア
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目覚め 4



 ふわふわと漂っていた意識が突然スーッと上のほうに上がってくる感覚があった。

 もうすぐ目覚めるんだなという覚醒する感覚に逆らわずにわたしは目を開けた。

 汗がべったり張り付いた髪が気持ち悪い。

 私もう何日お風呂に入ってないんだろう。今日は清拭してもらえると嬉しいな。

 熱が下がって気分はすっきりしている。平熱ってすばらしい。

 枕も布団もふかふかでいつの間にかICUから移動していたのかな。それにしてもいい布団用意してもらえたなぁ。

 と横を向くと見知らぬおばさんがいた。


『目が覚めましたか?』


 黄土色のシャツにアイボリーのエプロンをつけた、気のいいおばさんって感じの看護師さん。あれ、顔が見えてるよ?マスクしなくていいの? 制服も変わったのかな?

 日本人ぽくない、ヨーロッパ系の顔立ちだけど新しく配属されてきたのかな。最近は病院スタッフの外国人の雇用が増えてるって聞いたけど。


『……マ……』


 スクって言おうとしたけれど喉が掠れてうまく声が出ない。

 水、水をプリーズ。よく考えたら私、1週間くらいまともに飲んだり食べたりしてないのよ。

 その様子を察してくれたのかおばさんが私の体を起こして水を飲ませてくれた。

 久しぶりに口から飲む水はとても甘くて、生き返った気分になる。

 ぷはぁ! って言いたいよね! 病室ですから言わないけど。

 にしてもこのおばさん力持ちだなあ、私の体を片手で起こして支えられるんだもん。

 もう少し飲みたくてコップを渡すとニコニコと注いでくれた。

 ああ、うまい、うますぎるぅぅ。

 ビールのCMみたいに言ってしまいそう。

 いえ口には出さないよ!大人ですから!

 …………あれ? コップ、大きくない?

 片手で持てないサイズだね。

 あれ? 手が……小さくない?

 幼い子供の手がコップをつかんでいる。さっきまで水が入っていたコップだ。

 わきわきと手を動かしてみる。

 幼い手が、私が思ったように動いた。

 この手はどう見ても私の手に思える、ね?

 私、子供になった夢でもみているのかな。

 死ぬ前に見るようなやつ。

 それにしてはどんな設定の夢を見てるんだ、私は。


『お熱が下がってようございました。またお世話ができて、ハンナは嬉しゅうございますよ』


 ハンナ


 小さいころから私の世話をしてくれた人だ。

 牛飼いの旦那さんがいて子供が5人いてご飯の支度が大変だって。

 もうじき上の子が牛を一人で納めに行けるから楽になるって。

 ここで働くと賄いの残りを持って帰れるから嬉しいって。

 私の頭の中に一気にいろんな情報が流れてきた。


 ハンナ

 ゼアビルド夫人

 エアリス兄さま

 アルブレヒト兄さま

 かあさま、かあさま、かあさま

 言葉も意味も私の親しい人も、自分のことも、いろんな情報が洪水のように頭の中を駆け巡る。あまりの量にめまいがする。



 「ハンナのスープ……」


 ご主人から貰える牛乳とジャガイモの味がするハンナのスープが大好きだった。


 「……ハンナ?」

 「まあ! まあまあ、覚えていてくださったんですか。ええ、戻ってきましたとも。嬢さまのお好きなスープは今度作って差し上げましょうねぇ」


 ハンナはニコニコしてわたしを撫でてくれた。


 「嬢さまの病気が治ったって聞きましたからね、そしたら嬢さまのお世話はハンナがしなくては。あとでお湯を使いましょうね、さっぱりしますよ」


 ハンナが天蓋のレースを大きくあけてくれたから部屋を見回せる。

 部屋から出られない私が退屈しないように大きく取られた窓、何種類ものぬいぐるみ、絵本たち。私の物言わぬ友だち。

 何年分の記憶だろう、生まれた瞬間に現れた光の眩しさと突然肺で呼吸をすることを求められた息苦しさも覚えてる。

 生まれる前の羊水の温かさまで思い出せるこの記憶は誰のもの?

 慌ただしく体を洗われ誕生を喜ぶ声と悲鳴のような叫び声。

 その後すぐに誰からも離され、世話をしてくれるハンナと、館の管理をするゼアビルド夫人とここで生きてきた。

 少しずつ増えていくぬいぐるみと、時折訪ねてきてくれるエアリスにいさま、アルブレヒトにいさま、そしてだいすきなかあさま。

 それが世界の全てだった。


 クラウディア


 それがこの体の記憶。

 長く他人と触れるとどうしても体が弱り熱が出る。原因は詳しく教えて貰えず、ただできるだけ人と接触しないように、食事も着替えも体を拭くことも、一人ですませられるように教えられ、この部屋からは決して出ることが許されなかった。

 そこまで聞くとかわいそうなんだけど、そのわりには部屋を抜け出して屋敷を駆け回っては倒れてる。

 この子はほんとはじっとしてられない性格だったのかな。

 病気だから仕方なく部屋にいたのかな。

 ふふっとこの子のたくましさに微笑ましくなった。

 今の状況は何なんだろう?

 私は感染症で完全に死んでしまったの?

 それでこの子の中に意識が飛んできたの?

 なんにせよこの子の体を私が乗っ取ったみたいで居心地が悪いのだけど、この子の記憶はあっても意識みたいなものが感じ取れない。

 本当にこの体は私の体、なのかな……。

 黙り込んでしまった私を見て、ハンナは私が本調子ではないと思ったのか、手に持っていたコップをそっと取り上げた。


「もう少し休みましょうか。その間にハンナが腕によりをかけてスープを作ってまいりますからね」


 私は今の状況を考えてみたかったから、ハンナの勘違いを利用して「うん」とうなづいた。

 べたべたの体が気持ち悪いことに変わりはないけれど、もう一度ベッドに横になった。

 ハンナは枕や布団を整えてくれたあと、そっと部屋を出ていった。



 目を閉じて自分の記憶を探してみる。

 死ぬ前の私、鷹羽浅緋の記憶もある。

 そして、この体の私し、クラウディアの記憶もある。

 ここはシュクルガルト王国の南の辺境、モーレンベークという地方都市からさらに離れたダウパーの村。

 ハンナは私のために昼間だけ通ってお世話をしにきてくれている。

 わたしは隔離されていたようだけどそれなりの教育は受けてきたみたい。

 簡単な文字はわかりそう。

 でも勉強そのものは好きじゃなかったんだな。ふむふむ。

 ぬいぐるみでごっこ遊びも好きだけど、時々部屋を抜け出して探検していたと。

 熱を出して怒られて、すごく心配させたから、最近はおとなしく部屋にいたみたい。

 ……違う、あまり動けなくなってたんだ。

 それからは何となくわかる。

 そっか……私と同じようにこの子も……。



 よしっ、私は頬を両手でパチッと叩いて気合いを入れて起き上がった。

 私がここ世界で生きていくのは確定のようだし、それなら悩んでないで行動あるのみ!

 まずは情報収集から始めよう。

 確か絵本っぽいものがあったはず。

 ベッドからおりてオモチャらしきものが置いてあるところに行ってみる。

 薄い絵本を何冊か見つけてひらいてみた。

 始めに開いた本には豚や鶏や身近な動物のイラストとその名前が書いてあった。このイラスト、すごく細かいところまで書き込んである。毛の生え方とか目の描写力とか絵本とは思えない。

 後半には見たことない生き物のイラストもあったけどとりあえずそこはあとで見よう。

 そのあとも何冊か開いてみたけれど地図がなかったのは残念だった。

 かわりに写真のように緻密に描かれた建物の絵に目を奪われた。

 これ、世界遺産になった北欧の木造教会に似てる。

 あの教会より小さいけれど、雪をかぶった山を背にしてたつ建物は、いつか行きたいリストに載せていた教会の写真にとてもよく似ていた。


 「……行きたい。ここに行きたい」


 どこかわからないけど、ここに行くことに決めた。

 前の世界でやれなかったことをやろう。

 行きたいところに行こう。

 いつかはなんてないんだって私は知っている。


 「よし!」


 やるぞー!!

 と立ち上がったけれどへたり込んだ。

 あ、足が痺れた……。


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