目覚め 3
目覚め3
うーん、すごく気持ちいい。
マットレスも固すぎず軟らかすぎず、掛け布団も適度な重さがあって、これはずっと寝ていられる。
何より熱も咳も体のだるさもがない。
幸せだ…
これを幸せと言うんだ…
『起きたくないなぁ』
思わず気持ちが声になってしまった。
『わたしも』
うんうん、気持ちがいいもんねって、あれ、私一人じゃない?
パチリと目を開ければ、目の前に女の子の顔があった。
ああ、そうそう、私女の子と一緒に寝ちゃったんだよね、賽の河原でね。
って、あの場所にこんな気持ちのいいお布団なんてなかったよ?!
ガバッと起き上がって周りを見渡す。
昔のお金持ちの家にありそうなレースとフリルが使われた枕に掛け布団。
そもそも掛け布団とか言ってもいい代物なのかわからないくらい柔らかくてステキな肌触り。
枕もシーツも絶対高い。これニトリなんかで売ってないレベル。
しかも天蓋というのかな、ベッドの上から薄いベールみたいなのが下がってる!ディズニーのプリンセスが寝てなかったっけ…?こういうベッド。
『えっと?』
ちょっといろいろ理解が追いついていないので、深呼吸してみよう。
スーハースーハー。うん、すごい。落ち着いた。
『わたしもやる!』
女の子も起き上がって私のまねをした。
『すごいね。これ、たのしいね』
女の子はニコニコしながら深呼吸を繰り返す。
レトロで上品なワンピースの部屋着が大変よく似合っているのだけど、あれ、こんな服装だったっけ?
私はどんな格好なのよ?と視線を下げれば……病衣だよ……前開きのあれ……。
入院してたから当たり前なんだけど、だけど!
三途の川まできて病衣とかイヤすぎる。
『ここ、どこよ……』
私目が覚めてからそればっかり言ってるな。けれど本当に目を覚ますたびに場所が違うしどこにも私の知ってるものもない、人もいない、私に説明して、誰か!
『これ、わたしのベッドだよ』
おお、まさかの女児からの回答に思わず『そうなの?』と聞き返してしまった。
『うん、わたし、ずっーっとこのベッドにねてたから』
おかっぱの黒髪を揺らして教えてくれた。
『わたしね、だれかにあうといけないびょうきなんだ。さわったりさわられたりするのもずっとはだめなんだって。ながくいっしょにいるとねつがでたりくるしくなったりするの』
でもね、と女の子はベッドをぴょんと飛び降りてくるくる回った。
『いまぜんぜんへいきなの!おねえさんとあってからすごくげんきなの!』
ベッドの上に登って飛び跳ねたり飛び降りたり、元気いっぱいだ。
どんな病気なのかわからないけれど、この子の世界はベッドの上だけだったのかもしれない。
もしここが、私たちが出会った場所があの世の近くなら。
私が入院中に死んでしまっていたとしたら、この子はこの若さで死んでしまったのだろう。
『おねえさんは、くるしくない?』
女の子がちょこんと座って聞いてくる。
『苦しくないよ。ありがとう』
そう言って頭をなでるとビクッとしたあとに泣きそうな顔になって、笑った。
その笑顔があんまりにも胸に迫って、もっと撫でてとぎゅーっと私に抱きついてきた女の子を抱きしめた。
この子はスキンシップに飢えているんだ。
病気のせいだと言っていた、誰も長くこの子と過ごせなかったんだ。
これ以上抱きしめたら折れてしまうんじゃないかと心配になるほど手足も体も細い。
『おねえさん、あったかいね』
『そうだね』
とく、とく、とく、とゆっくりゆっくり脈打つ音が子守唄に聞こえるくらい、私は女の子を抱きしめていた。