邂逅
リーラ様を迎える場所は館の応接間が選ばれた。
机やソファーが片付けられ、部屋の中央が広く開けられていた。
わたしはリーラ様に会うためにいつもより手の込んだレースで飾られたワンピースというよりドレスを着せられ、髪もいつも以上に丁寧にブラッシングされた。
いよいよ今夜リーラ様がやってくる。
昨夜の夢にもクラウディアちゃんは出てこなかった。
収穫祭の夜、クラウディアちゃんはわたしを呼ぶのも疲れると言っていた。
間に合わなかったのかもしれないという焦りと、リーラ様に会うぎりぎりまで力を残しているのかなという希望とが混じりあって、わたしはいつもよりずいぶんおとなしかったと思う。
まわりはそれを緊張しているのだと受け取ってくれていた。
早く、早く出ておいで。
わたしばかりお母さんに会うのはおかしいよ。
リーラ様がここに来ることは極力知られたくないようなので、メイドや従者も今日一日休みだ。
ハンナには昨日に引き続き妖精の石を探してもらうように頼んでいた。
夕方までに館にいるのは、わたしとにいさまとドクターとゼアビルド夫人の4人になった。
「静かだな。緊張してるのか?」
にいさまは初めて会った時と似たよう服だけれど、それよりも勲章かな?いろいろ豪華な感じになっている。
略式正装の軍服なんだって。
ドクターも珍しくにいさまに似た服を着て、長いマントを身に着けている。いつもは腰のあたりにつけてるシャイベを今日は右手首にベルトで巻いていた。
そうするとホントに時計みたい。
ゼアビルド夫人もおそらく女性用の正装なんだろう。いつもより上等なドレスを身に着けていた。
「リーラ様とマスク越しではなくお会いするのも初めてですもの。緊張もされますわ」
にいさまとゼアビルド夫人に声をかけられたけど、わたしはそれどころじゃなかった。
クラウディアちゃんがでてこなかったら、わたしはどうしたらいいんだろう。
「クラウディア。もう一度確認させてほしい」
ドクターはシャイべを取り出してレコード大にする。
わたしはいつものように両手を置いた。
「変わりないな」
いつもと変わりなく、反応しない。
にいさまの腕にとめられたシャイベがぽうっと光った。
「時間だ」
にいさまが紫色の石(魔鉱石って言うんだって)を中央に置き、その場を離れると、シュッと音をたてて魔鉱石から、直径3メートルくらいの大きな円が広がる。
『メタストーリス』
にいさまが何かをつぶやくと、円がゆっくりと光りだした。
紫色の光が強く光って消えた後、そこにはかあさまがいた。
一目でわかった。
黒い髪を結いあげ、襟の高いドレスと威厳をまとった若い女性。
背は高く、顔立ちがクラウディアちゃんによく似ている。
見た目は20代後半だけど、そこにたっているだけで見えないなにかに押さえられるような圧を感じる。
この人が紫紺の魔女。
130年生きる、この国で一番魔力の多い、クラウディアちゃんのお母さん。
彼女は紫色のシャイべを首から下げ、滑るように円の外に歩き出した。
『お待ちしておりました』
にいさまとドクターは男性の最高礼を。ゼアビルド夫人も両手でスカートを少し持ち上げて頭を下げる、女性の最高礼を取ってリーラ様を出迎える。
「出迎えありがとう、エリアス。久しぶりですね、ゼアビルド、ハッツフェルト博士」
リーラ様は三人を見まわしてそれぞれにねぎらいの言葉をかける。
そのあと「クラウディア」と、わたしを見て名前を呼んだ。
クラウディアちゃん、かあさまだよ。クラウディアちゃん。
どんなに呼びかけてもクラウディアちゃんは出てこない。
わたしはできるだけ平静を装って礼をする。
「お会いできて光栄です、お母さま」
「とても立派な挨拶ですね。嬉しいですよ」
にこりと微笑んだリーラ様はゆっくりと近づいてきて、ドクターに確認した。
「博士、クラウディアの魔力は」
「直前に確認しております。どうぞ触れてください。クラウディア様は長い間リーラ様をお待ちしておりました」
そうなの。待っていたんだよ。クラウディアちゃん。
ここでわたしがクラウディアちゃんとして挨拶するのは間違っているんじゃないか。
正直にわたしはクラウディアちゃんではないと言ったほうがいいんじゃないか。
クラウディアちゃんのふりをすることの罪悪感に耐えられない。
ここでおかあさんと触れ合うのはわたしじゃない。
「クラウディアと二人きりになることはできますか?」
「それは出来かねます」
突然聞いたことのない男の人の声で待ったがかかる。
誰?
声がしたほうを見ると、にいさまが着ている軍服に鎧を身に着けた男の人と、背が低く上目遣いの男の人が円の中から現れた。
「リーラ様のお子様とはいえ、二人きりには出来かねます」
「コンラーデン殿!」
「久しぶりだな、エリアス」
鎧を身に着けた男の人とにいさまは知り合いみたい。親しいというより、思いかけないところで上司に出会って驚いてる表情だ。
がっしりした体つきと、顎ひげを蓄えたおじさんだ。
「ハッツフェルト博士。久しぶりだな。辺境の地で少しは休めたのかね」
小男のほうが見下したようにドクターに声をかけた。
ハッツフェルト博士?ドクターに向かって博士って言った?
ドクターって博士なの?
「お気遣い感謝いたします、ボドヴィン様 。思いがけぬ休暇をいただき感謝しております」
おお。めちゃくちゃ嫌味っぽく言ってるのに、ドクターが嫌みを言い返さないってことはこの人も偉い人なんだね…。
「リーラ様はかけがえのない御身。同席をお許しいただきたい」
丁寧な口調だけど絶対に譲らないという態度で、コンラーデンという人は当然のようにリーラ様のそばに控える。
「おそれながら親子のお時間を設けていただくことも大事ではないでしょうか。せめてほんの少しだけでも…」
「わたしに向かっての口答えとは。ゼアビルド夫人、いくらリーラ様の乳母とはいえ身分をわきまえよ!」
ボドウィン様と呼ばれた人がゼアビルド夫人を叱責する。
「申し訳ありません。出過ぎた発言でした」
ゼアビルド夫人が再び頭を下げる。
なんでこの人たちはこんなに偉そうなの?
「ボドウィン卿、ゼアビルド夫人は長くクラウディア嬢のお世話をなさってきたのだ。女性ゆえ情も移りやすいのであろう。そう声を荒げられるな」
何この小ばかにした言い方。
リーラ様も自分が連れてきた人たちの暴言を止めてくれないの?
どうしてにいさまもドクターも何も言わないの?!
わたしがむかむかした気持ちが顔に出ていたんだろう。
「不満そうな顔ですなクラウディア嬢。躾がなっていませんぞ。リーラ様のお子様として城に上がるのでしたらしっかりと教育をし直さなければ」
小男のにたりと笑った顔にぞぞぞぞぞっと生理的な嫌悪が走る。鳥肌立っちゃったよ。
絶対こいつ人を痛めつけたりするのが好きなタイプだよ。大嫌いなタイプ。
こんなやつをリーラ様は側に置いているの?クラウディアちゃんが慕っていたかあさまとちょっと印象がずれていくよ。
「2人ともよい。今日は魔力の確認に来ました。変わらず、と言うことでよろしいですか?」
リーラ様は片手をあげて2人を制するとドクターに向かって問う。
「変わらずです」
「そうですか……」
リーラ様は視線を少しわたしに向けた後、クラウディア、と呼んだ。
わたしは周りに促されるようにリーラ様の側に進む。
心臓が痛いほど音を立てている。
クラウディアちゃん、わたしがかあさまに会ってしまうよ!
「大きくなりましたね。魔力が少ないながらよくここまで育ちました」
わたしはリーラ様が差し出してくれた手をおずおずと握った。
リーラ様がわたしに視線を向けてくれる。
クラウディアちゃんの顔を少しでも見てもらおうと一生懸命上を向いた。
「ですが魔力の少ない子供を私の娘と認めるわけにはいきません。祝年式までに魔力が増えなければ、廃嫡します」
廃嫡?!
廃嫡ってえっと自分の子供とは認めないとかそういう意味だよね?
まって、クラウディアちゃんはお母さんに子供だと認められなくなっちゃうの?!
わたしはぎゅっとリーラ様の手を握った。
なぜ?どうして?聞きたいことはあるのに声が出ない。
「リーラ様!」
「お待ちください!」
にいさまやゼアビルド夫人が驚いている声が聞こえる。
「魔力のないものは国の役に立つこともできません。ここで今まで通り暮らすのなら生活は保障させましょう。いずれにせよ祝年式まではわたしの娘として遇します」
握った私の手を離し、リーラ様はわたしに背を向けた。
「そのあとは好きに生きなさい。戻ります」
「リーラ様、クラウディア様が廃嫡となれば今後のことも話し合わなければなりません。自分の転移陣は用意してありますので、どうぞお戻りください」
ボドウィンが恭しくリーラ様に礼をする。
「……わかりました。コンラーデン、行きましょう」
「はっ。エリアス、リーラ様の供をせよ。ボドウィン卿が残られるのであれば護衛が足りない」
「…承知しました」
にいさまはコンラーデンの命令に敬礼した後、ドクターの腕をつかんだ。
「おまえ知ってたのか!」
「ああ」
「…っ、すぐ帰ってくる。詳しく聞かせろ」
わたしはそんなやり取りを横目で見ながら、にいさまが私の横を走り抜けていくのを感じた。
ぱぁっと紫色の光が部屋を満たして消えた後、そこにはにいさまの姿もリーラ様の姿もなかった。
本当に帰っちゃったの?
わたしはたった今のことが全く理解できなかった。
やっと会えたと思ったのに。
クラウディアちゃんのことも何一つ伝えられなかった。




