目覚め 1
いたいよ
くるしいよ
もういやだ
女の子の声が聞こえてくる。聞いてる方が耳が痛くなるような、悲鳴のような声。
つらくて苦しくて、助けを呼ぶ声はまだ幼さを感じた。それもそのはず、うずくまって泣いているのはまだ5歳くらいの女の子だった。
どうしたのと思わず手を伸ばしたけれど、なぜだか見えない壁に阻まれてしまった。
『どうしたの?!大丈夫?!』
見えない壁を必死にたたいて何とか女の子のそばに行こうとする。
私の必死さが伝わったのか、女の子が私の方を見てくれた。
その瞬間、見えない壁がすっとなくなり、私はつんのめりそうになりながら駆けよった。
『どこが痛いの?ケガしたの?』
私の剣幕におどろいたのか、女の子はびっくりしたように目を見開いて私を見た。
私はそっと女の子の体を触り、酷いケガをしていないか確かめた。あんなに苦しそうにしていたんだから絶対にどこか具合が悪いはず。
『何があったかわからないけど、病院に行こう。立てる?』
女の子はふるふると頭を振る。
さすがに私は大人とはいえこのくらいの子供を腕に抱えられない。
頭を打っているかもしれないからあまり動かさない方がいいのはわかっているのだけど、あれほど痛がっているのだから早く治療した方がいいと思う。
『じゃ、おんぶしよう。背中に乗ってね』
女の子はひゅっと息をのんだ。
『……さわってもいいの?』
女の子の言葉におかしさを覚えたけれど、そんなことより病院が先。。
『いいよ、私にしっかりつかまって』
私は女の子の言葉に深く考えずに、どうぞと女の子に向かって背中を向けてしゃがんだ。
後から考えれば、彼女の言葉はすごく大事なことだったんだ。
私は女の子がおずおずといった動作で背中に乗ってきて安心した。どうやら少しは動けるみたい。
女の子を背負って立ち上がり、私は病院へ向かおうとしてはたと気づいた。
あれ?ここ、どこ?
さっきまで女の子しか目に入っていなかったけど、ここには景色がない。道もなければ建物も、公園みたいな緑もない。どこまでも真っ白だけど光があるわけでもない。足元の影さえない。足の裏に玉石くらいのサイズの石をかんじるだけだ。そもそも私、さっきまで死にかけてなかったっけ?あれ、ひょっとしてここって……黄泉の国の入口とか三途の川への道とか……じゃないよね?足元の石がなんか河原のように思えるんですけど。
『ねぇ、ここ、どこかわかる?』
背中の女の子に聞いてみた。
『……わからない』
そっか、そうだよねぇ……。うん。
『うーん。とりあえず歩いてみようか』
そうしたらどこかにでるかもしれないものね。ならば、とわたしは足元の石を集めて小さな山を作った。一応ここを起点にして歩いてみて、この石が見えるギリギリまで歩いたら、また石を積もう。そうしたら元いた場所には戻れるし、目安にもなるだろう。
どの方向を見ても同じ景色なのでとりあえず、立ち上がった方向に歩いてみる。自慢にもならないけど私の体力はあまりない。鍛えているわけでも体力作りを意識している生活をしているわけでもない。一日の大半をほぼ職場の椅子に座って過ごしていたのだから。
そんな自分が小さいとはいえ子供を背負ったどこまで歩いて行けるか、って心配はあるけれど。
案の定、石の山を三個分作ったあたりからちょっと足や腕がガクガクしてきた。
『ちょ、ちょっと休憩しよう』
ぜえぜえと私は女の子を下ろして座り込む。
『つかれたの?』
女の子は心配そうに私の顔をのぞき込んできた。おんぶしている間もあまり話してくれなくて内気なのかなと思ってたよ。
『少しね』
不安そうな顔についたが可哀そうで、私は心配ないよという意味を込めて頭を撫でた。
女の子は本当にびっくりしたみたいな顔で私の顔をまっすぐに見てくる。
『おねえさんはわたしにさわるのがいやじゃないの?』
『いやじゃないよ?』
『ほんとに?』
女の子の必死さに私が驚いてしまう。体に触れられることにとても慎重なんだ。この子にいったい何があったのだろう。
なんでこんなことを言うんだろう。
『痛いところはない?』
『…へいき』
なにか事情があるんだろうな、とは思う。そもそも私もなぜこんなところにいるんだろう?お腹も空かないし喉も渇かないし、やっぱりここは私の常識にないところだ。
はーっ息を吐いてと寝転がってみる。空が見えるはずのところも地面と同じだ。なんとなく明るい気はするけれど…。
ここがいわゆる賽の河原だとしても不親切なところだな。案内人がいて教えてくれたり、少なくても行くべき方向がわかるものじゃないのかなぁ。すっごく中途半端。
そんなことを考えていたら、女の子も隣に寝転んできた。
『ねるの?』
黒い瞳が私を顔を覗き込んでくる。黒の中に少し紫が入っているような、印象的な瞳、サラサラの黒い髪。
すぐ横に見える顔はよくよく見ればとても可愛らしい顔だ。テレビで見かけるハーフの子役の子に似てるかも。
『ちょっと眠くなっちゃったね』
ふふっと笑うと、女の子もくすぐったそうに笑った。
本当は寝る気はなかったんだけど、子供特有の少し高めの体温がくっついてくると、なんだかうとうとしてしまう。
あれ、こんなところで寝ちゃっていいのかな、なんて思いながらすーっと意識が沈んでいった。