プロローグ
「心拍数低下しています」
「ECMOまだ?!」
私の周りで慌ただしい声と気配を感じる。
ああ、やっぱりこの病気はこんなに早く急変するんだな。
今日の昼までは早く一般病棟に移りたいねって、忙しい時期に感染しちゃって各方面に迷惑をかけまくったし、復帰したら頑張るから!って防護服の同僚と話していたのに。
貴重な集中治療室のベッドを私のために使わせちゃって申し訳なさでいっぱいだ。ECMOだって私以外の人に使ってほしい。うちの病院にはまだまだ危険な患者さんがたくさんいるんだから、これ以上迷惑はかけられないよ。
たくさんの電子音やドクターやナースが一生懸命私を生かそうとしてくれている。ありがたいな、私もみんなの役にたちたかった。
あれ、さっきまでヒューヒューと息苦しかったのが気にならなくなってきてる。終わらない全身の発熱、吸っても吸っても酸素がどこかに逃げていく感覚が薄れてきた。視界もだんだん暗くなって、周りの音がぼわんと遠ざかってく。
ひょっとしなくても私、こんなに早く死んじゃうんだ。
やっと仕事も覚えてきてこれから趣味の時間を増やそうと思ったのに。
この感染症の嵐が過ぎたら行きたいところがたくさんあったのに。
マチュピチュ遺跡に行きたかった。エジプトのピラミッドも見たかった。大英博物館にも行きたかったし、ルーヴル美術館にもメトロポリタン美術館にも、軍艦島にも国立博物館にも、日本のあちこちにある古き良き洋館にも!
26で死ぬんだったら、安定を求めた医療系になんて進まないで、行きたかった史学科に進学して、思いっきり自分の好きなこと勉強すればよかった。
世界遺産巡りは老後の趣味に残しておこうと思っていたのに老後を迎えられないって心配なんてしなかった。
死ぬ間際なのに後悔することしかないよ。私はなんてもったいない人生を過ごしてきてしまったんだろう。
もう一度、やり直せるなら好きなことをしたい。納得するまで勉強したい!
もう一度勉強したい。
神様、お願いします。