寂しさと愛しさ
電車に乗っていて、痴漢にあう女子高生。
助けてくれたのは、いつも見かけるくたびれたスーツのおじさん。
女子高生とおじさんのほのぼのストーリー。
この人を初めて見たとき、なんて寂しそうな後ろ姿なのだろうと思った。
くたびれた皺だらけのスーツ。
泥の付いた汚れた靴。
襟の裏が黒くなったシャツ。
毎日同じネクタイ。
鞄だってよれよれ。
最終電車はいつも込み合っている。
いつもそこで乗り合わせる、おじさん。
週の大半を最終電車で帰宅する真奈美は、いつも同じ初老の男性と乗り合わせることが多かった。
見かける度に「なんて寂しそうなおじさんだろう・・・」、真奈美はそんなことをいつも考えていた。
取り立てて挨拶をするわけでもないし、家が同じ方向という訳でもない。
ただ、なんとなく疲れ切ったように肩を落として電車の手すりに捕まる、この初老の男性が気になるのだ。
終電が下りる予定の駅に止まる。
「夕暮」っと、アナウンスが入る。
電車から降りると待合室にいき、携帯電話の電源を入れ留守伝を確認する。
毎日毎日、塾へ行き夕飯を友達とファーストフードですませ、最終電車で帰宅する。
そんな生活が3年近く続いている。
嫌だと感じることはあるが、疲れたと感じたことはまだ無い。
だから、目の前にいるこの初老の男性がなにを感じてどうして疲れたように肩を落としているのかがすごく不思議に思う。
真奈美は携帯で自宅へと電話を入れる。
「おかあさん、真奈美。いま駅に着いたの・・・・そう、わかった10分で迎えにくるのね」
そういうと、真奈美は電話を切って、待合室のいすに座る。
目の前の初老の男性となるべく目を合わせないように、それでいてなぜか横目でみてしまう。
何故、このおじさんは毎日此処に座っているのだろう?
終電だし、乗り換えでもない。
タクシーを待っている様子でもない。
毎日ずっとビールをのみながら、新聞を読んでいる。
一度話しかけてみようかと思ったときもあったが、丁度駅員が見回りに来てタイミングを失った。
それからは、ずっと家族が車で迎えに来るまで「おじさん」をみているだけである。
そんなことをぼうっと考えていると、駅員が見回りに来た。
「真奈美ちゃん、今日も塾かい?」
駅員の工藤であった。
「ええ、受験に向けて本腰入れないといけないからね」
「そうか、大変だね」
「うん、もうすぐおかあさんが迎えにくるから」
「そう、じゃあと十五分したら電気けしにくるからね」
「はい」
工藤が立ち去ろうとしたとき、バサっと音がした。
「私もそろそろ帰りますか」
あの「おじさん」だった。
読んでいた新聞を無造作に畳むと、「おじさん」は手に残っていたビ-ルを一気に飲み干した。
「またですか?帰り道気を付けて下さいよ」
「はいはい。息子のような歳の駅員さんに、毎日言われては情けないですな」
そういうと「おじさん」は、にっこりとほほえんで待合室を後にした。
「・・・・・初めて見た」
驚いたように言う真奈美に、工藤は笑って答えた。
「そうだね、あの人毎日此処で新聞読みながらお酒飲んでじーーっとしてるもんね」
「そうでしょ?!ね?ね?どういう人なの??」
興味心身で詰め寄る真奈美。
「ごめん、僕知らないんだ」
「え-?!」
「ははは、ごめんね」
そそくさと立ち去る工藤に、少し不審を抱きながらも真奈美は母親が到着するのを待った。
最終電車が「夕暮駅」に到着する。
そのときであった、真奈美が背後に不快感を覚えたのは・・・。
誰かが真奈美の体を、まさぐっている。
執拗に、いやらしく・・・・。
――痴漢。
その二文字が浮かぶのに、時間はかからなかった。
どうしよう?
駅に着いたらすぐ下りよう。
すぐ駅員さんに助けてもらおう。
でも顔見知りの駅員さんがいなかったらどうしよう?
あれこれと考えているうちに真奈美の痴漢は、ぐいぐいと体を押し寄せてくる。
「夕暮」
アナウンスが入る。
電車がガクンと揺れ、速度が落ちる。
そのときである。
真奈美と背後の痴漢の間に、割って入ってきた人物がいた。
電車が止まり扉が開く。
「早く下りて」
「?」
割って入ってきた人物が、真奈美の肩を抱いて走るように待合室へむかった。
「ここでまっていなさい」
そういうとその人物は、電車へと向かっていった。
「おじさん!?」
そう、いつも待合室で居合わせる「おじさん」であった。
しまりかけた電車の扉に飛び込むようにして、側にたっていた男を引きずりおろした。
電車はそのまま扉を閉め、走り出してしまった。
「なにすんだ!!」
地面に引きずり落とされた男が、「おじさん」につかみかかった。
「だ、だれか!工藤さーん!!」
丁度ホームの近くにいた工藤が、真奈美の声を聞きつけて走り込んできた。
「おじさん」につかみかかった男をみて、工藤はあわてて飛び込んでいった。
三十分後に近くの交番から警官が二人来た。
男は一晩警察で預かると、警官は言って帰った。
「明日、出頭して事情をきかれますよ」
鈴木駅長が、冷たいお茶を入れて持ってきた。
「あの・・・・」
「え?ああ、はい、あの人のことが気になりますか?」
「ええ」
真奈美は差し出されたお茶を一気に飲み干すと、小さくため息を付いた。
「毎日同じ電車にあうんです。それに待合室でいっつもビ-ル飲んで新聞読んで、疲れたように肩を落とし・・・・」
「すごい言われようですな。高橋さんも」
「高橋さん?」
「あの人の名前ですよ」
駅長はゆっくりといすに腰掛けると、冷たいお茶を口にした。
「あのひとすごく寂しそうな背中だらか・・・・」
「ええ、そうですね。高橋さんはね、十年前にご家族を亡くされたんですよ」
「亡くされたって?」
「高橋さんが主張の間に、奥さんと娘さんが乗った車にスリップした車がつっこんできてね。ひどい雨の日だったので覚えてますよ」
駅長はたまらないと言った表情で、窓の外を眺めていた。
「高橋さんが急いで戻られたのだけど、間に合わなくてね・・・。よくこの駅で娘さんを迎えに来ていたんだよ」
「え?終電・・・」
「ええ、よくしってましたね。帰りの遅くなった娘さんを、毎日待合室で新聞を読んで待っていらっしゃいましたよ」
「そうなんだ・・・」
「だから、毎朝終電車で出会う女の子が心配だといっていましたよ」
駅長は優しく言うと、
「お茶のお変わりを入れましょうか。もうすぐ家族の方が迎えに来てくれますよ」
部屋の向こうへ消えていった。
「今日から夏休みですね、真奈美ちゃん来ませんね」
「駅長さん」
待合室でいつものようにビールを飲み新聞を読む高橋に、駅長は声をかけた。
「傷はどうですか?」
「大したことありませんよ、すこし痣が出来た程度ですから」
少し寂しそうに答える高橋の横に、駅長も腰を下ろした。
「お互い寂しい歳になりましたな」
「ええ、まったく」
「もう10年になりますか?こうして待合室を利用して頂くのは?」
「そんなになりますか?早い物ですね月日がたつのは・・・」
二人は静かに佇んでいた。
永いようで短い時間が、流れていくのを二人は感じているのだ。
そのときである、人が歩いてくる気配を感じたのは・・・。
「おじさん」
ばさっと立ち上がった高橋の膝から、新聞が落ちた。
「どうして?高校はお休みでしょう?」
「これ・・・・」
真奈美は小さな紙袋を、高橋に差し出した。
「これは?」
「・・・・薬」
高橋が中を覗くと駅前の薬局のシールが貼られた、湿布薬が出てきた。
「昨日はありがとう」
そういうと真奈美は小さく頭を下げて、立ち去ってしまった。
ぽんと高橋の肩を駅長がたたく。
「いろいろありますな・・・」
「ええ、まったく・・・」
「明日もまた、電車は走りますよ」
-EnD-
一話読み切り