第六夜 窓から光が差し込んでいた
二人に分かれたのだ。それぞれが一人で生きることにはそれなりの負担がかかるだろう。
でも、彼女たちは違った。
***
そういえばある日、すすり泣きが聞こえて、起きたことがあった。すすり泣きの正体はさやひーで、さやひーは布団にくるまって泣いていた。なぜ泣いているのかさっぱり分からなかった。その日の夜のおしゃべりでもいつも通り話して眠った。その時もそんな気はいっさい見せなかった。
辛いことがあったのだろうか。どうして泣いているのか何も分からない私。この姿を見て、ただ思ったのは、過去の私を俯瞰して見ているようだ、ということだけだった。
でもそのすすり泣きが聞こえたのは、この一回限りで、その日こそ泣いていた理由を気にしていたが、今ではそこまで気にならなくなっていた。
***
朝の十時になってもさやひーは目を覚まさなかった。
真っ白な空間で一人起きた私は彼女を見守る。
ここに来て一年近くが経った。一年前、気持ちが落ち込んでいたのはほとんど治っていて、今じゃ外での生活を恋しく思う。
起きないさやひーに目を向けた。彼女の背中が映る。
「さやひー、今日も学校? 起きなくて大丈夫?」
起きる気配のないさやひー。
なぜか、かわいそうに思った私は、同じ布団に入って彼女の隣で寝ころんだ。
「起きたくない日もあるよね」
私は彼女に対して何かを感じとったのだろう。
それが合図だった。目を覚ますといつもとは違った場所で目を覚ましていたことが一瞬でわかった。でも理解は追いつかなかった。
「あれ」
白以外の色がこんなにも目に映ることは久しぶりで、朝日を見るかのように手で視界を遮った。
「ここは」
一年前の記憶が頭を駆け巡る。
「私の家だ」
それは、辛い記憶だ。しかし、今の私には懐かしい記憶。その記憶はあの白い世界で思い出していたものより繊細に思い出され、少し嬉しくなった。
やっと目が慣れてきたころ、布団をはがすと、下着姿の私に秋の独特な寒さが吹き抜けた。露になった胸を見てため息をつく。ほぼ裸で寝るのは私の性格には合っていなかったようだ。
隣にいたさやひーはもちろんいなくなっていて、代わりに女性が眠っていた。ここのところ横に眠っている彼女との関係を追うのを、すっかり忘れていた、彼女……宮下きりの名前も出づらくなっていた。
まわりを見渡すと家はひどく荒れていた。よくこんな家で友達を呼ぶな、私。いや、宮下は友達なのか、もしかしたら恋人かもしれない。外の世界に戻ることを全く考えていなかった私。外の生活について情報を聞いていなかったことに後悔した。
とりあえず服を着ようと起き上がった時、後ろからガシっと腕を掴まれた。「△□@*?」何を言っているか分からないが、宮下は私を布団から出したくないようだった。
「……。」
「まだ」
「宮下」
押しに負けて私は布団に戻った。布団のぬくもりは全身に喜びを与える。
宮下はほぼ起きているようで私の手をひっぱると、自分の大きな胸に私の手をあてる。
「その名前で呼ぶの久しぶりでいいね。初対面の時みたい」
あ、そうだった、あだ名、なんて呼んでいたっけ。聞くのを忘れていた……。
と、そこまで珍しく回転の速かった思考は急にゆらゆらと揺れ始め、枕に頭が沈みだした。きっと久しぶりの刺激に頭が驚きとともに活性化したのだろう、でもそれは長続きしなかった。
***
さっきからずっと胸を揉まれている。
目を覚ますとみやちゃんは、私にまたがり私の胸を揉んでいた。みやちゃんというのは宮下のことで、適当に呼んでみた結果、なぜか定着した。
「みやちゃん」
「みやちゃん、いいね」
もみもみ。
もみもみもみ。
みやちゃんの揉む手は止まらない。
これは、あれだろうか、あれから関係は深まっているということだろうか。
でも、みやちゃんにはそんなにも、たわわな胸があるのだ、自分のを揉んだ方がいいのでは。
「みやちゃん」
「うん?」
「服着たい」
服を着て、改めて周りを見渡す。
やっぱり家だ。
私の家だ。
久しぶりで緊張しているはずなのに、約一年、久しぶりに戻った家は私になつかしさを覚えさせ、それと同時にどこか安心感を与えた。
「戻ってきたんだ」
「うん? どうしたの?」
服を着たみやちゃんが振り向く。
「いや何でもない」
「そっか」
笑いながら返事をするみやちゃん、それに一緒になって笑いかける。
窓から光が差し込んでいた。
外は晴れているのだろうか。
雲はどのくらいあるのだろうか。
鳥は飛んでいるのだろうか。
思考はとても忙しいのに、私の気分は何だか晴れていた。