第四夜 『私が日記を書いたの』
「おーい」
声がする。
「おーい。ってやっぱ起きないか。この空間で起きたことないもんね」
目が開かない。
その声は続いた。
「さっきのキスからの愛撫、体が温まってからの絡みは最高だったなー」
その声は次第に大きくなっていく。意識が戻ってきたのだろうか。
「あ、やっと起きた。ここで起きたの初めてじゃない?」
目を開けるとそこにはまるで鏡に映し出された私のような“瓜二つの人”がこちらを覗いていた。驚いた私は「わたし?」と、口をつく。頬を地面に、うつぶせのまま力の入らない私は、それが精一杯だった。
続いて、遠近感覚がおかしな視界で周りを見渡すと真っ白な空間が延々と続いていた。すぐ近くには本が乱雑に積まれており、『ここはどこなのだろうか』と言いかかった。けれど、野暮な気がしてやめた。
「あ、ごめんね。びっくりしちゃったよね。君が……いやなんて言った方が良いのかな……。“わたしたち”かな。“わたしたち”が今にも消えてなくなりそうだったから少し強引だったけど、ここに連れてきちゃった。いやー私の見込みが甘かったな」
何のことを言っているのかさっぱり分からない。
「あ、ごめんごめん、自己紹介だよね。私は……ってなんて言えばいいのかな、私と貴方は同じで……う~ん、同じものから、生まれた? そんな存在で。わたしたちは吉野さやが川に行った時に」
「わたしたち……」
「そう、わたしたち。すぐに理解しなくてもいいけど、さやが起きないと宮下きりが心配しちゃうから余計な話は出来ないかもね、少し説明が多くなっちゃうよ」
「う、うん分かった」
地べたに張り付いたまま力の入らない私は、涎によって地面に張り付いてしまった頬をぺりぺりとはがしながらそう答えた。
「まず“わたしたち”が何なのかを詳しく説明しようか」
***
「さっちゃん起きて」
友達の宮下きりが目をつむったままの女の体をゆする。女の応答を待っていた。
「きーちゃん」
体を横にしたままの女は答えた。
大きな乳房を垂らしながら、きりは話し始めた。
「わ、起きた。よかったー。私が目を覚ますと冷蔵庫の前でさっちゃんが倒れていたからびっくりして、飛び起きたよ」
「あー、ごめんごめん」
「体もすごい冷えてるし服着なよ、って私もか」
布団の端に押し出された服を二人で拾い上げ、互いに着せ合いっこをする。
「きーちゃん」
「うん?」
「ご飯食べたら、また……しない?」
「うん、しよう」
***
十分は続いたのだろうか、説明を冷静に聞く私は体も起こせるようになり、そっくりさんと同じ目線で会話をしていた。
テレビの電源をつけた。そこにはもう一人の吉野さやがどんな行動をしているのかが映し出される。あの子の話を聞く限り、どうやら、この真っ白な空間は吉野さやの脳内世界で、二人いる“わたしたち”は吉野さやが生きるために分かれた結果だという。
『私が日記を書いたの』と言う言葉が反芻される。
もう一人の吉野さやはとても元気で可愛らしく、自分なんていらないんじゃないかと思うほどだった。「私はいらないね」というと「そんなことないよ!」と言われた。そこには陽だまりのように温かい彼女がいた。
「元気になるまではここに居ても良いって言ってたけど、いつになる……かな」
もうすでに一読したことがある本を開く、一読したとはいえもう一度読んでも楽しいものだ。
「時間潰してよ」
淫乱な声が映像とともにテレビから漏れる。テレビには友達、いやさっき名前で呼びなって怒られたのだった、友達の宮下きりと私である吉野さやが互いの身体を可愛がっていた。
私はその映像をチラ見して、「きりの乳首ってこんな感じなんだ」とか云々を溢し、淫乱な声や時々漏れる唾液の混じる音などをBGMに淡々と目を上下に動かして、左手に近づくとページをめくった。
「陽のさやはいつ来てくれるかな」
真っ白な空間で一人、声は反響もせずにどこか遠くへと向かって行く。その様子は私の気持ちを表しているようで。
「さ」
言いかけてやめ、胸の内で問うた。今感じているのは、さびしさ、というものなのだろうか、と。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
当初は、お話として区切りがよく、ここで完結を考えていましたが、この三人の物語をもう少し見たいなと思い、この第四夜までを一章として区切り、続きは二章として書き始めようと思います。
まだ完結設定はしていませんが、私自身、執筆途中のもので区切りをつけられたものは無かったため、とてもうれしく感じております。次話の更新はまだまだ先になると思われますが見守ってくれると嬉しいです。
ではでは、以上、ゆきみでした。






