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二度目の異世界で祝福を  作者: 美紗
8/34

8.

幕間。

父様視点でのお話です。

 今日は待ちに待った、愛娘の洗礼式だ。

 朝早くに起き、手早く朝食を済ませ、身支度を整えて馬車に乗り込む。


 私には三人の妻と五人の子がいる。息子三人に娘二人だ。今日は第四子にして二人目の娘、アイリスの晴れの舞台である。

 本音を言うと昨晩は眠れなかった。

 もうすでに三人の子の父として洗礼式を迎えているが、まだまだ緊張するし、アイリスを自慢したいような、自分だけの宝物として隠しておきたいようなそんな心地だ。


 それでも、娘の誕生日であり晴れの舞台であることは嬉しいことだ。


 笑み崩れる顔をどうにか整えて隣を見ると、緩くウェーブのかかる燃えるような紅が目に入ってきた。

 私の三番目の妻であり、アイリスの母親であるリコリス、彼女の表情はその紅い髪に隠されていて伺うことができない。

「リコリス」

 ああ、驚かせてしまった。びくっと跳ねた細い肩に優しく左手を乗せ、右手を頬に伸ばす。

 彼女は馬車のせいではなく、震えていた。

「やっぱり、心配かい」

 揺れて潤む新緑の瞳に問いかける。

 いつもは若葉のように優しい光をたたえている彼女の眼は、不安と心配を混ぜこぜにしたような色をしていた。


 やはり、心配なのだろう。

 もちろん彼女の礼儀作法などを心配しているのではない。

 これまで大事に守ってきた愛娘が、無遠慮な視線や害意にさらされるのを危惧しているのだろう。

「私たちの子だ。きっと、大丈夫だよ」

 彼女の心配も分かるので、無理に励ますことはしないが、少しは心が晴れてほしいと、そう願う。


 ・・・・・・・


 中央神殿のロビーには多くの貴族が集まっていた。

 その一人一人の挨拶を受けながら、今日集まってくれた礼を述べる。


 全ての者に祝いの気持ちを持ってこの場に居てほしいのが本心だが、やはりそうはいかない。

 見るところ半数に近い者が、表立ってではないものの、アイリスが中央神殿で洗礼式を受けることに難色を示しているようだ。


 現在はその反対派の筆頭である、財務大臣の挨拶を受けているところだ。

 目に嫌味な光をたたえ、妻のリコリスへ挨拶をしている。

 祝いの席であることと、もう、どうしようもないことから表立って文句を言ってくるわけではないが、ねちねちと妻へ嫌味を吐いているようだ。

 次の挨拶を受ける必要もあるし、何より愛すべき妻にそのような態度は許せない。さっさと挨拶を終わっていただこう。

 顔だけは笑顔を作るが目はきっと笑えていないのだろう。

 私もまだまだだ。


 ・・・・・・・


 鐘が鳴り終わり、ゆっくりとアイリスがロビーに入ってくる。

 ああ、これまで可愛いだけだと思っていた娘が、こんなにも美しく花開くとは思わなかった。

 優雅で完璧な淑女の礼に、会場の誰もが目を奪われていることに、妙に満足した。

 アイリスが中央神殿で洗礼式を受けることに反対していた者たちが半数だというのに、彼女はたった一度の礼だけで会場すべてを呑み込み、圧倒したのだ。

 そうだ、これが私たちの娘だ。

 我が国の誇る、第二王女だ。

 ようやく、そう言える。

 誰もが拍手も忘れ、呆然とアイリスに見とれる、この風景は生涯忘れないだろう。


 見事な淑女の礼をしたのに、どこか困った顔のアイリスに、自身も拍手を忘れていたことを思い出し、全力で拍手を送る。

 遅れてパラパラと拍手が始まり、やがて会場全体を包んでいった。


 早く娘を抱きしめ、今日のことを褒め称えたいが、今日のスケジュールはまだまだ残っている。

 家族だけになれる時間にもまだまだ遠いので、移動の途中、きれいだ、と褒めるのが精一杯だった。それでもアイリスは花が綻ぶように美しく、笑ってくれた。


 ・・・・・・・


 大神官の話は長い。

 ねちねちと、ねちねちと。永遠に感じる時間を過ごす。

 さっさと切り上げてしまいたいのだが、神殿は王家とはまた別の権力を持っているし、何よりへそを曲げられて洗礼式を受けられなければ、たまったものではない。

 本当は洗礼式をしたくないのだろう。

 顔には笑みが張り付けてあるが、内容はあてつけのようだし、何より目の奥の侮蔑の光が隠しきれていない。

 愛する妻と、娘にそんな視線を向ける大神官は許せないが、そんな大神官の視線ではひとつも揺らぎはしない二人の美しさに意識を集中させ、何とか洗礼式を乗り切り、アイリスを祈り場へ送り出す。


 祭壇下の椅子に腰かけ、妻と無事に洗礼式が終わったことを小声で祝い、これまでのアイリスの思い出話に花を咲かせていた。

 思えばここまでの道のりは果てしなく、暗く、長かった。


 色彩の違う子に血筋の正当性を疑われたことも、一度や二度ではない。

 成長して、顔が似ていることで妻が不貞を働いたわけではないとやっと証明できたようなもので、顔が似てくるまでは本当に妻に辛い思いをさせてきた。


 乳母や侍女をつけるのにも苦労した。

 万一、仕えた主が王族として認められなかったりすれば、自身の結婚はもちろん、家にも不利益がある。

 ましてや血筋の正当性も疑われている中では仕えたいと思う者も少なかった。


 病弱でいつ神のもとに召されるか、明日は、明後日は、一年後は。

 そんなことを延々と考えていた。


 その娘がこんなにも美しく、気高く成長し、自身の出自を怪しむ者さえ圧倒するとは思わなかった。

 今日はきっと深酒をしてしまうに違いない。そう確信できるくらいには浮かれていた。

 だから、気付くのが遅れてしまった。


 隣に座る妻に袖を引かれて顔を上げると、祈り場へ続く扉から光がこぼれだし、あたり一面に広がっていった。


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