7
――思い、出したかしら。
その声にハッとすると、そこはもう先程のログハウスだった。
どれだけ時間がたったのだろうか、疲労感はあっても先程の紅茶はまだ湯気をたてているし、まったくもってわからない。
それでも腕の中には大きなウサギのぬいぐるみがいるので、あの空間は夢ではないのだろう。
いや、先ほども今も夢の中なのかもしれないけれど。
「それで、思い出したかしら」
目の前の女神様が再度、問いかけてくる。
何と答えればよいのか、まだボーっとする頭を一生懸命に動かす。
「確認なんですけど、いいですか」
「もちろんよ」
「あの映像が私の過去……なんですか」
「過去というには少し違いがあるわね。前世、という方が正しいかしら」
「前世……」
「あなたは本来、今のあなた――つまりアイリスとしての魂を持って生まれる予定だったの。そのように私たちがあなたの魂を作ったわ。でも魂の創造途中でなぜかあなたの魂が割れてしまって違う空間に落ちてしまったのよ」
女神様は長いまつげを伏せ、ため息をつく。
ボーっとしている頭に、この色気の威力はすさまじいです。
「それで、割れた魂たちは本来なら生まれるはずはなかった。でも生まれてしまった。結果、人々に忌避されるようになったの。本来あるはずのないものがあるのだもの、当り前よね」
「そう、ですか……」
家族に害され苦しんでいた紫苑も、誰にも助けてもらえないで一人さみしく死んでいった灰銀と呼ばれていたあの子も、存在していないのが本来の世界らしい。
あの子たちの人生の少ししか見ていないが、なぜか無性に苦しくなり、ぎゅうっとウサギのぬいぐるみを抱きしめる。
「それで、戻ってきた魂を拾い集めて、また、あなたの魂を作ったんだけれど、今度は余計なものがくっついてきてしまって。それであなたの髪の色が変わってしまったのよ」
「髪の色、ですか」
「ええ、そうよ。本来はゆるふわで太陽に映えるブロンドだったのよ!顔も瞳の色も合わせて考えたのに、ついてきたもののせいでシルバーブロンドに強制変更されちゃったのよ!本当、困っちゃうわ」
女神様はそうお怒りで、私の受けた衝撃にはまるで気付いていないようだ。
どうやら私の、あるはずのない前世のせいで、家族の中で私だけ髪の色が違ったようだった。
父も、兄姉も、血のつながりのある身内には濃さの違いこそあれ、皆ブロンドだった。
ブロンドが我が家を象徴していると言っても過言ではない。
母様や他の奥方様たちの髪色はもちろん様々で、母方の血が濃く出たのかな、と思っていたけれど、よく考えると父様側の血を受け継ぐものは揃ってブロンドであることに気付く。
きっとそのせいで母様は肩身の狭い思いをしていたに違いない。
余り社交的でない母様だったが、もしかすると私が生まれる前はもっと社交的だったのかもしれない、どうしてもそう思えてならない。どこか確信めいた思いがあった。
「どうやらそのせいであなたにも辛い思いをさせてきてしまっていたみたいなの。だから、この機会に話してしまおうと思って、ここにあなたを呼んだのよ。だから、ごめんなさい」
女神様はそう言って頭を下げた。
先程は慌ててしまったが、今度は女神様の謝罪がストンと胸に落ちた。
「わかりました。わざとではないんですよね。でしたら謝罪を受け入れます。ええと、これでいいんですっけ」
「どのように言ってもらっても結構よ。本当にごめんなさい。あなたに必要のない苦労を背負わせてしまったのは事実だもの」
あの二人のことで、色々と納得はできていない。でも、それを女神様に言ってもいいのかどうかも分からないし、言ったところでどうしようもないとわかってしまった。
不必要な命だったと言ってほしくない、そう願っても、きっと女神様には分からないだろうと思えた。
「だからね」
今度は満面の笑みで女神様が私の方を見る。正直、いやな予感がひしひしとする。
「祝福を与えようと思って」
「祝福、ですか」
「ええ。せめてもの罪滅ぼしに」
「いえ、でも、祝福は……」
言い終わらないうちに女神様が言葉を紡ぎだす。
「汝――アイリス。そなたはそなたの、思うがままに生きよ」
その言葉を残し、意識が薄れていった。