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二度目の異世界で祝福を  作者: 美紗
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 なに、これ……


 気付けば、頬が涙で濡れていた。

 モニタの中の世界。私には関係のないはずなのに、どうしてこんなにも胸が締め付けられるんだろう。


 ハンカチも持っていないので、仕方なく袖口で涙を拭った。

 辛くて見ていられなくなり、もう一つの、右側のモニターに視線を移す。


 今度は薄汚れた、花売りの少女が映っている。

 懸命に通行人に声をかけるが皆、少女を一瞥(いちべつ)するだけで立ち止まる事はない。


 何人目だろうか。金持ちなのだろう。この場所に似つかわしくないほど布をたっぷりと使った装飾の多い服の男がいた。

 少女は逡巡(しゅんじゅん)したようだが、意を決したようだ。覚悟を決めた顔をして男に花を差し出し、購入を願った。

 男は少女を見るや否や、汚いものを見るかのように嫌悪感をあらわにし、少女のことを突き飛ばした。

 壁に身を打ち付けた少女だが、文句を言うどころか男に対し、這いつくばるようにして許しを請いている。

「申し訳ありません。旦那様。申し訳ありません」

 少女の口元は見えないが、そう言っているように聞こえた。

 男は一度だけ少女の方を見たが、まるで視界にも入れたくないと言わんばかりに目をそらし、去っていった。

 辺りには多くの人がいたが、誰も少女を助けようとしない。それどころか巻き込まれたくないというように少女を避けているようだった。

 少女を中心に人の輪ができているが、誰も少女に声をかけないし、見ようともしない。ただ、避けているだけ、という異様な空間が出来上がっていた。

 中心の少女は立てもせず、それどころか視線も上げられないままだ。

 その顔に表情はなかった。


 場面が切り替わる。

 少女は寝ているようだった。

 汚れた布を体に巻き、何とか体温を逃がさないように、小さく丸まっていた。

 その少女が眠る部屋に母親だろうか、少女に顔立ちはよく似ているが、顔以外は全く似ていない女が入ってきた。

 女は眠っている少女を起こすと今日の売上を渡すよう少女に言った。

 少女は恐る恐る今日も売上がなかった事を伝えると女は激高し、少女の華奢な体を容赦なく打った。

「灰銀のあんたには体を売っても客はつかない。何とかして稼がないとここにもおいてやらないよ。ここまで灰銀のあんたを育ててやった恩も忘れやがって。稼げないんならでていきな。まったく、顔は悪くないし好きものに買ってもらえると思ったのに……」

 そう女は少女に詰め寄った。

 灰銀――そう言われるように、少女の髪の色は白髪のような汚れてくすんだ銀色で、この国、いや、この世界では忌み嫌われる、呪いの色だった。

 大抵の灰銀持ちは生まれてすぐに殺され、存在をなかった事にされるか、一生を幽閉され存在を隠されて生かされる。

 この世界ではそれが常識だった。

 少女はなぜ灰銀が忌み嫌われているかは知らなかったが、自分が色彩のせいで迫害されていることはわかっていたので、こんな母親でも感謝していた。

 でも、これまで灰銀という物珍しさで買われていくことを望んでいたとは知らなかった。


 年齢が一桁から二桁に変わったころ、母親はそれはそれは喜んでくれた。

 でも今思うと少女の成長を祝ってくれていたのではなく、売れるようになったことを喜んでいたのだと、そう感じた。

 自分の家――あばら家だが――だというのに少女の居場所は存在しなかったのだ。

 生まれ持った色彩が悪かった。私だって母親に似た焼けるような赤毛が欲しかった。そうすれば愛してもらえたのだろうか。

 少女は母親に打たれながらそんなつらつらとそんなことを考えていた。


 やがて女も疲れたのか、いつの間にか少女を打つのをやめていた。

「灰銀がいるとあたしの商売にも迷惑なんだ。ごくつぶしはさっさと出て行ってくれ」

 女はそう言って、一度も少女を見ないで部屋を出ていく。

 これまでは出て行けと言われていても、毎回言われているだけだ、と言い聞かせていたが、どうやら今度は本気らしい。

 だが、自力で稼ぐことのできない少女には餓死か、凍死。どちらかの未来しか待っていないだろう。


 場面が切り替わる。

 着の身着のままで行く宛も無いなか、少女はさまよっている。

 宵闇の中、取り留めもなく歩いていたが、もう歩きたくないと道端に腰を下ろす。

 遠くに中央神殿と呼ばれる建物が見えた。

 中央神殿では孤児に少ないながらも食事を与えてくれたり、仕事を恵んでくれたりするらしいが、灰銀持ちの少女は洗礼式すら拒まれていた。

 少女はどこにも、誰にも見てもらえることなく命が消えかかっていくのを感じながらぼんやりと中央神殿を見ていた。

「どうして、あたしだけ……」

 言葉が溢れた。

 死んで、神のもとに行けたら理由を聞いてみよう。

 そう考えながら瞼を下ろす。

 少女の瞼はもう、開くことはなかった。




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