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目を開けているかどうかも分からない、真っ暗の中に立っていた。
でも、不思議と暗闇に思うような恐怖心は沸かない。
いつもなら絶対に動かないのに恐怖心が無いからか、行かなければと思ったからか、足が前に出た。
何も見えない中をゆっくりと、こっちかな、と思う方へ進む。
十分か一時間か半日か、時間感覚もないままに歩き続けると、ふと、明かりが見える気がした。
なんとなく、こっちかな、と思いながら無心に歩を進める。
俯きがちになっていた頭をふと起こすと薄ぼんやりとした灯りが見えた。
きっとこれに呼ばれたんだ、と思い灯りを目指す。
段々と灯りに近づくと二つあるように見える。
数メートルまで近づき、やっと灯りの正体は二つのモニタだと分かった。
モニタの前にはご丁寧に上質な布張りの一人掛け用ソファがある。
そのソファの上には幼児ほどもあるウサギのぬいぐるみがちょこんと腰掛けていた。
どうしようかと思ったが、モニタの高さはきっとソファに腰掛けると私にピッタリになるので、遠慮なく座らせてもらうことにした。
ソファに座り、うさぎを抱きしめてから左のモニタに目をやると、蹲る茶髪の女性が見える。
小さく小さくなり、自分を守るように抱きしめていた。
音もないのに何故か泣いているように感じ、目が離せなくなる。
どれだけそうしていたのだろう、不意に視線をあげた女性の瞳は涙で濡れていた。
「どうして、わたしだけ……」
唇がそういっているように見えた。
場面が切り替わる。
わたしを見下ろす男性。
そう、これは、兄だ。
地域トップの国立大医学部に通う、家族の自慢の兄だ。
明るく人当たりも良い、多くの人に愛されて周りに人は絶えない。そんな絵に描いたような好青年が長兄だった。
ふと視線を動かすともう一人の男性がいた。次兄だ。
長兄ほどの頭の良さはなかったが、長兄を立てることを忘れず、将来、長兄と共に働きたいと願い医学部に入れるほどの頭脳を持ちながら薬剤師を目指している次兄だ。
彼も長兄ほどではないが、人懐こい性格で一人でいるところはあまり見なかった。
そんな、世間では素晴らしいとされる兄二人は、とても冷たい目でわたしを見下ろしていた。
「お前は俺たちの恥だ」
長兄がそう罵倒する。
「紫苑、お前がいなければうちの家族は完璧なんだ」
そう次兄が追随する。
わたしは俯くしかない。
内気で愚図なわたしには兄たちに返せる言葉はなかった。
場面が切り替わる。
暖かいこげ茶色の瞳の女性が、少年たちに微笑んでいる。
家の庭で遊んでいるみたいだ。
ふと女性の瞳が上を向く。わたしの姿を捉えるときっと睨むようにして、視線を少年たちに戻す。
先ほどの鋭い視線は鳴りを潜めた、とても優しい母の姿がそこにはあった。
場面が切り替わる。
扉をそっと開け居間を伺うとソファに座りテレビを見ている男性がいた。
音を立てず扉を閉めて、自室に戻った。
場面が切り替わる。
楽しそうな食卓が見える。
わたしは暗い中にいるのに、目の前に見える食卓の風景は過不足なく、とても幸せそうだった。
(わたしも家族のはずなのに)
言葉にするときっとこの幸せな家庭は壊れてしまうのだろう。そう思え静かに扉を閉めた。