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――起きて。ねえ、起きて。
そう、誰かの声がする。
でも久しぶりにぐっすりと眠れている私に、起きるという選択肢はない。
――起きて。もう!起きなさい!!
段々と声も大きくなり、寝ていられなくなった。
眉間にしわをよせ、不機嫌な顔を隠そうともせずに、仕方なく、瞼を開く。
そこは、真っ白な空間だった。
右も左も、それどころか上も下も何もない。
ただただ白いだけの空間がそこにはあった。
どうやら私はその空間で、白いモフモフを抱えて寝ていたらしい。
らしいというのも、モフモフを認識して手を離した瞬間、消えてしまったからだ。
色々と訳の分からないまま辺りを見回すと、美女がそこにいた。
おそらく二十歳前後、ただただ白い顔には少したれ目気味だが、零れんばかりの金の瞳。薄く桃色に色ずく頬に、紅を引いたような真っ赤な唇。向こうが透けて見えそうなプラチナブロンドは緩く波打っていて、真白いエンパイアラインのドレスは風もないのにゆらゆらと揺れていた。
「女神さまだ……」
思わず口からこぼれる声が聞こえたのか、美女がこちらを向いてにっこりと笑った。
「もう、全然起きないんだもの。どうしようかと思ったわ」
声まで素敵。ころころと鈴を転がすような可憐な声をしていらっしゃる。
「女神というのは正解よ。私は生と死を司る女神。どうしてもあなたと話したくて、ここに呼んだの。でも、このままじゃ話しにくいわよね。ちょっと待ってちょうだい」
女神さまはそう言うと、頬に手を当て、考え始めた。
「それじゃあ、ここで」
そう言うと、世界は一変した。
先程までのひたすらに白い空間の名残はどこにもない。
ログハウスのような部屋のソファに私はいた。
暖炉ではぱちぱちと薪が爆ぜる音がしていて、目の前にはあたたかな湯気をくゆらせる紅茶があった。
女神さまは微笑むと向かいのソファに腰を下ろし、優雅にカップを持ち上げ紅茶に口をつけた。
「少しは、話しやすいかしら。人間が安らげるような空間にしてみたわ」
どうやら、私のために空間を変えてくれたようだ。
現状がよくわからないけれど、お礼は言うべきだろう。何てったって女神様だし。
「ありがとうございます。とても、安心できます」
何とかそれだけ言うと女神様は花がほころぶように笑った。
「よかったわ。それで話なのだけれど……まずは、あなたに詫びなければならないわ。こちらの都合に巻き込んでしまってごめんなさい」
そう言って女神様は頭を下げた。
「そんな!顔を上げてください。謝られることなんて何も……」
慌てて答えると、女神様は顔を上げて不思議そうにしている。
「そんなことはないわ。本来と違う場所に落としてしまったせいでつらい目に遭ってきたんだもの」
憂い顔もまた素敵です。
「そうはおっしゃいますが、本当に何もないと思うんです。心当たりもないですし」
何とか女神様に元気を出してほしくて当たり障りのない言葉を返す。
「ああ、そうね。あなたはまだ知らないのね」
女神様は、ふう、と吐息をこぼすとまっすぐにこちらを見た。
その金の瞳が輝いている。そこに、わたしが映っている。
「ほんとうに?」
真っ赤な唇がそう紡ぐ。映っているのは、わたしのはずだ。
瞬きもできずに女神様を見返す。不安げにこげ茶色の瞳が揺れる。
不意に女神様が言った。
「あなたはだれ?」