33.
「アイリス王女殿下、お茶の味はいかがですか」
ミズラルが微笑みを浮かべながら話しかけてきた。
今はバッセン公爵家主催の茶会の最中、場所は広大な敷地の一角、中庭の茶会の会場だ。
「とても美味しいですわ、ミズラルさま」
表情筋はきちんと仕事をしてくれているようで、引きつらずに笑みを浮かべられているはずだ。
因みにこの挨拶は貴族言葉で「不足のことや、お困りごとはないですか」「いいえとても楽しんでいますよ」ということだ。貴族、めんどくさい。
正直、私の舌にはこのお茶は少々苦い。まだ七歳なのだ、薄めのお茶に砂糖を三杯入れて飲むのが好きだ。
そしてお茶よりココアが好きだ。でもお茶会の時ばかりはそうはいかない。
砂糖を入れすぎるのは美味しくないと言う意思表示なのだそうだ。
子供の舌には酷なことだが、そう決まっているなら砂糖は諦めるしかない。
その代わり、お菓子は甘めのものがほとんどなので、目一杯堪能することにする。
後ろに控えているケリーに怒られない程度にしなければならないけれど。
「アイリス王女殿下、本日はご参席ありがとうございます。今日の茶会はまだ年若い令嬢の練習の場の兼ねていますので、多少のことはお目溢しいただけると幸いですわ。もし、お困りのことなどあればご遠慮なくわたくしに仰ってくださいませ」
「もちろんですわ。わたくしの方こそなれない事ばかりですので、ご迷惑とならないか心配ですわ。わたくしにも不手際があればお教えいただけると嬉しく思います」
本来ならこの挨拶も優雅さや気高さを誇る貴族としては褒められたことではない。
でも今日に限っては許されている。ミズラルの言った通り、年若い令嬢の茶会の練習の場なのだ。
とは言ってもそこは貴族、皆今日に向けて作法のをきちんと学んでいるようだ。
年のほどは七歳から十代前半の令嬢ばかりが集められている。
にもかかわらず、落ち着いた雰囲気でつつがなく行われている茶会は皆の作法から会話に至るまで、きちんと学んだ時間の長さの現れだ。
この場には普段の茶会にはいない、他派閥の令嬢も呼ばれているらしい。
バッセン家が昔から主催している練習のための茶会だからか、他派閥の令嬢を招待してもとても出席率が良いそうだ。
因みにイーリスは本日は不参加だ。もう練習は必要ないそうだ。
それにしても、席次には気を使っているようだが、争いが起きないのか人ごとながらヒヤヒヤしてしまう。
幼い王女という配慮なのだろうか、私のいるテーブルはミズラルを始め、この国で主要な国王派の高位貴族、それも年齢が上の令嬢ばかりだ。
お陰で茶会の会話にも困らない。皆がさり気なく私にも話を振ってくれるので、疎外感を受けることもない。
私が答えに窮していてもさり気なく助けてくれる。
特に最年長、十六歳のアリア・フォン・ヴァリアンヌ侯爵令嬢との会話はとても楽しい。
先程も初恋について尋ねられ、答えに困ったときに助けてもらったのだ。
ありがとうの意を込めて軽く会釈した時には素敵なウインクで返事をしてくれた。正直、ときめいた。
明るくウエーブのかかった髪をハーフアップにしていたが、レースと花を編み込んでいてとても可愛らしかった。私もそのうち同じような髪型を頼みたいものだ。
王女が真似をするのは良くないと教えられたが、大抵のことはもう誰かがやってしまっているし、何よりイーリスもいるのだ。私が常に最新の流行を作り出すのは無理である。お姉様を立てなければならないし、何より流行を作る、とか正直、柄じゃないと思う。
「お手本として、と呼ばれたのですが、お手本にはもっと素敵な方を据えるべきですわ。でも、私はこの会がとても好きで、本当にありがたかったので、もうすぐ参加できなくなるのはさみしいです」
そうこっそりと教えてくれたアリアは、近いうちにお茶会に招待してくれるらしい。
頼れるお姉様を捕まえたので、今日の私的ミッションは終わりだ。
それにしても、初恋を兄様方と決めつけないでほしい。
私の初恋はけっして、身内に恋するようなそんなおままごとではない。
・・・・・・・
今日の茶会は本当に楽しかった。
何より会話がとても弾んだ。
お茶は少し苦かったけれど、お菓は甘くとても美味しかった。
目立ったマナー違反もなかったはずだし、二回目の大きなお茶会にしては上出来だど思う。
多分、ケニーにも怒られない。はずだ。たぶん。いやきっと。
頼りになるお姉様を二人見つけた私は上機嫌。
表には出さないが、スキップしたいくらいに機嫌がいい。
ミズラルへの最後の挨拶も上手にできたし、あとは優雅に、優雅に、馬車に乗るだけだ。
七歳の体には優雅に馬車に乗るなんて、無理難題に近いのだけど。
他の馬車より二段多い段差につまずかないよう、エスコートの手を握りしめないよう、そして見送ってくれる同じテーブルだった方々にみっともない様を見せないよう緊張の一瞬である、
そう、王女なので、基本的に一番に退室するのだそうだ。
とはいっても見送りに来るのは同テーブルにいた者たちだけなのだけれど。
全員で見送りに来られても困るし、この決まりはまだ良かったと思うしかない。
こけずに乗り込め、安心した瞬間、その声は唐突に、ぎりぎり聞こえるくらいの小さな音が、風に乗って耳に届いた。
「あれが、灰銀…… 」




