30.
とても良い天気だ。空はどこまでも青く、雲ひとつ見えない。
空気は大分、暖かくなってきたがまだどこか肌寒い。
クッションの効いた、座り心地の良いソファチェアに、色とりどりな目を楽しませてくれるお菓子、美味しそうにふわりと香ってくる紅茶。そして、――引きつった笑顔の令嬢。
「とても、良い天気ですね」
「え! ええ、ほ、本当におっしゃる通りですわ」
私の問いかけに、隣に座る令嬢がなんとか答える。
いっぱい、いっぱい、精一杯という様だ。
ここはとあるお茶会の会場。
王城の庭園の一角に、まだ年若い令嬢が集められていた。
洗礼式を受けた、七歳から成人前の十七歳の貴族令嬢の中から三十名ほど集まっていた。
第一王女である、イーリスが主催している、王城でのお茶会には初参加である。
きっとイーリスは私の年代に合わせて、席次を組んでくれたのだろう。
テーブルをともにする令嬢たちの年齢は皆、十歳以下に見えた。
その結果、男爵や子爵令嬢の中に、ぽつんと王女である私がいることとなってしまったのだ。
年齢一桁の下級貴族令嬢が、王女とテーブルを共にするのは荷が重いのだろう、戸惑った顔と引きつった顔の二択しか、選択肢はないようだ。
なんとか空気を変えようと、話しかけるが、最低限の返事しかもらえていない。
ちょっと心が折れそうである。
明るく見えるように着てきた、黄色のドレスが少し寂しい。
今回のお茶会は初めてなので、とても楽しみにしていたのだ。
なんといっても、同年代の女の子なんて家族以外では初めて会う。
友達できるかな、話は合うかな、とどきどきして、昨夜は寝付けなかった。
昨日のどきどきを返してほしい。今、心はとても凪いでいる。
イーリスもまだ十二歳、席次に気を配ってくれのは嬉しいけれど、もうちょっとお茶会に慣れた、話術巧みな年上の令嬢も同席してほしかった。
次のお茶会の際には先にイーリスに頼んでおこう。そう心に留めておく。
とはいえ、今は目の前の課題をこなさなくてはならない。
どうやったら、この子達の緊張を取れるだろう。
私は、よっぽどのことがない限りは責め立てたりしないのだけれど。この子達にその気持は伝わっていない。
初めての茶会なので、まだ私の性格についても知らない者が多いし、ついでに聖女になってしまったのだ。万一不興を買ってしまったら、という彼女たちの気持ちも分からないではない。
だからこそ、強く言えないのだ。
お互いに距離感のつかめぬままに、時間は過ぎていく。
解決策もわからないまま、ぽつりぽつりと会話をしていたがやはりどうしても盛り上がらない。
どうしたものかと悩んでいたら、思わぬところから救世主は現れた。
「お初にお目にかかります。バッセン公爵が長女、ミズラル・フォン・バッセンと申します。紹介のない中、お声がけする無礼をお許しくださいませ」
声のする方を見れば、空を切り取ったような青が見えた。
慌てて顔をあげるよう促すと、凛とした形の良い顔が見えた。
少し切れ長の目にゆるく弧を描く少し薄い唇、体を彩るのは薄緑のドレスに濃い縁のレース。
正直ここまでふんだんにレースを重ねているのに、くどくなく、品良く着こなせているのはミズラルだからであろう。
「構いませんわ、バッセン令嬢。ご挨拶をありがとうございます。アイリス、と申します。これからよろしくおねがいします」
この空気を打破してくれるかもしれない彼女へは、最大級の笑顔を。
もうこの手は離しません。手、繋いでないけれど。
「ミズラルで構いませんわ、王女殿下」
「では、ミズラルさま。私はまだ、こういった会には不慣れなので、ぜひ色々とお教えくださると、嬉しいですわ」
「私でよければ、喜んで。では、今度、私のお茶会にお誘いしてもよろしいですか」
「ぜひ! 楽しみに、お待ちしておりますわ」
公女との話は、とてもスムーズに終わった。
ほんの数分で、これまで数十分の会話量を軽く上回る収穫だった。
だが、悲しかな、公女はまた連絡しますの声とともに、イーリスの隣にある、自分の席に戻ってしまった。
引き止めるほどの会話力がなかったことがとても、悔やまれる。
ミズラルが話しかけてきた際、イーリスの方を伺い見たのだが、彼女もじっとこちらを見ていた。
きっと私のテーブルが、あまりに盛り上がっていなくて助け舟を出してくれたのだろう。
後で礼状を送るときには、このことにも触れて置かなければ。
「あの、王女殿下! ご趣味などは、おありで、しょうか……」
斜め右前に座る、藤色の髪の令嬢が勇気を振り絞ってか、声を裏返らせながらも声をかけてくれた。
挨拶以降、初めて声をかけてくれた。
確か、ラクテス男爵令嬢。正直、飛び上がりたいくらいに嬉しい。
この空気の中、貴族としては一番下にあたる、男爵の令嬢が王女に声掛けする、という勇気ある行動を取ってくれたことが、とてつもなく、嬉しい。
でも、私の喜色満面の笑みは、今彼女には見えていないのだろう。
決意に溢れた、力強い瞳は、すぐに伏せられ、握り込んだ手はふるふると震えているのが見て取れる。
私に話しかけるということは、彼女たちにとって、それだけ勇気のいることなのだということを改めて認識させられた。




