29.
幕間です。ユリウス、カイル、クラークの幼少期。
「とうとう、産まれるみたいだな!」
そう言って部屋に飛び込んできたのは二人目の弟であるクラークだ。
王城内のとある一室。丸みのある比較的安価な家具が置かれた広い部屋は、王族の子が利用する、『こども部屋』と呼ばれる部屋だ。
「そうみたいだな。俺たちにはまだ知らされていないが、城の中が慌ただしいもんな。それで、妹かな。弟かな」
「俺は妹が良いな。兄様たちと遊ぶのは楽しいし、弟もほしいけれど、女の兄弟もほしいんだ」
「たしかに! 男ばっかりだから、女の子もいてほしいよな。でもどちらでもきっと、かわいいよ」
そんな会話をしていると、もうひとりの弟であるカイルがやってきた。
いつもは周りの者に距離を取るよう言われる弟だが、皆が出産に注目している今日は、そんな迷惑なことを言ってくるやつはここにはいない。
久しぶりに邪魔も監視もない中、弟と話せるのはとても嬉しかった。
「カイル! 来れたのか。もう産まれたのか?」
「いや、まだだよ。兄様。でも、もうすぐみたいだ。僕がいると邪魔みたいで追い出されたんだ」
カイルはそんなセリフを気負いのない笑顔で言ってのけた。
まだ六歳であるのに、大人より大人らしいと言われるカイル。そんな彼の久しぶりに見る素の笑顔だったように思う。
第二王妃の子であるカイルは、第一王妃の子である俺たちが使うこのこども部屋にはなかなか来ることはできないみたいで、会うのは久しぶりだった。
「カイル兄様はどっちが良いんだ」
「どっち、とは?」
「妹か弟かってことさ」
「ああ。僕はどちらでも良いよ。きっとどっちでもかわいいよ。まあ、母様やお祖父様は男の子が良いみたいだけど。でも、きっと女の子のほうが幸せになれるんじゃないのかな」
後半は少し陰りのある顔で囁いていて、きっとクラークの耳には届いていない。
カイルの母は自分の子を王にしようとしているみたいで、カイルにも厳しい教育を受けさせていた。
喋りはじめたときから厳しい教育が始まり、自由時間も殆どないようだったし、王妃の子である俺とクラークとは表面上の付き合いをするように――いつでも出し抜けるように、と言われていたそうだ。
大人の目を盗んでカイルからこっそりと教えてもらったのだ。
王としての教育を受ける俺やカイルとは違い、クラークは王になることを俺たちほど望まれてはいないし、本人にもやる気がない。
王になり、政治をするよりも、騎士となって強い魔物と戦いたいそうだ。
日々の鍛錬でできた傷やタコを誇らしげに自慢しながら、そう話しているのを聞いた。
どちらが産まれてもきっと、可愛いだろう。
・・・・・・・
どれだけ時間が経ったのだろうか。
昼食を食べて、午後のお茶の時間になってもまだ産まれていないらしい。
弟二人の時はまだ物心がつく前だったので、出産の記憶はない。
もちろんどれだけ時間をがかかるのか、こどもたちには知るよしもなかった。
午前中は今か今かとドキドキしていたが、もうきっと今日は産まれないのだろう。そんなふうに考えていると、あたりがにわかに騒がしくなってきた。
お互いに顔を見合わせていると、転びそうな勢いで、侍従が部屋に飛び込んできた。
「カイル様。お産まれになりました」
侍従は息も絶え絶えにそう伝えたが、彼はその後休めたのだろうか。
侍従の声を聞き終わるより前に部屋を飛び出したカイルの後を、一生懸命に追いかけた。
「母様! 大丈夫ですか」
礼儀作法なんかをすっ飛ばして部屋に入ったカイルは、開口一番に母である第二王妃に駆け寄る。
「母様? どうされたのですか」
出産を終えた第二王妃の表情はこちらからは見えない。
カイルの焦った声ばかりが響いていた。赤ちゃんにもしやがあったのだろうか。
そういえば泣き声も聞こえない。
「母様」
カイルが何度も呼びかけると、やっと見えた第二王妃の顔色はひどく悪かった。
「カイル。来てくれたのね」
「母様。大丈夫なのですか」
「ええ。でも残念だったわ」
「え…… では赤ちゃんは……」
「ええ、女だったわ」
その時、隣室から元気な赤ちゃんの泣き声が響いた。
絶望の表情となっていたカイルの顔が、パッと明るく輝いたのが見えた。
「母様! 妹ですね。名前は何でしょう? 私は兄として、きっと妹を可愛がってみせます」
顔色の悪い第二王妃を気遣ってもあるのか、一生懸命にカイルは語りかけていた。
「第二王妃さま。ご出産おめでとうございます。初めての女の子、俺たちも目一杯可愛がります!」
「妹? やったー! 早く会いたい」
年長者として、精一杯の祝いを述べたが、続くクラークの言葉に俺の一生懸命はかき消されてしまった。
三人で喜んでいると、ふと第二王妃と目があった。
出産の疲れで顔色はまだ悪かったが、その表情は先程までと打って変わって、とても優しい顔をしていた。
思えば、このあたりから第二王妃の態度が和らぎ、カイルと会える日も増えた。
妹が俺たちと第二王妃を結んでくれたようだ。
「それで、名前は決まっているんですか」
俺がそう尋ねると、第二王妃は困ったように笑った。
「実はまだ考えていないのです。何か良い名前はありませんか」
その時の俺は、これまでで一番頭の回転が早かったように思う。
「イーリス、という名はどうでしょう。虹という意味だと習いました。何色にもなれる、素敵な名だと思うのです」
そうして俺は初めてできた妹の名付け親になったのだった。




