27.
「姫様、大変お上手でございます」
額から流れる汗が目に染みてちょっと痛い。
熱さのせいか、明るさのせいか、それとも瞬きが少ないせいか、目の奥がずきずきと痛む。
指先に灯した炎は蝋燭など比べ物にならないくらい大きなもので、精一杯伸ばした手の先から、顔のすぐ近くまである。
自分の魔力で作った炎なので、火傷しないのが救いだ。
それでも熱さはあるので、目の前に炎の塊があるという恐怖感があることに変わりはない。
精一杯伸ばした腕も限界を訴えるように、ぷるぷると震えてきた。
「はい、結構です」
手の震えに気づいたのか、教師役である魔道士団団長――エルンスト・ルイスが予定より少し早く止めてくれた。
「姫様、無理はなさらないでください。魔法を使うに当たって、一番大切なのは集中力です。目標は大事ですが、無理をして、周りの方が傷つくのは姫様の本意ではないでしょう?集中を切らしてしまいそうな時は、魔法を止めることも大事です」
灰色の瞳がこちらをじっと見つめていた。
そう。待ちに待った魔法の訓練の時間だ。
お披露目の日から十日あまり、壊してしまった部屋の修理も終わり、魔法耐性のある訓練場の中でも一番大きい場所、その中でエルンストとふたりきりで魔法の訓練をしているのが今である。
本来、未婚の淑女――洗礼式を終えた女性と男性がふたりきりになることはまず無い。
だが、まだ魔法の制御もできず、周りを巻き込む危険性の高さから、特例として、魔法制御がある程度できるようになるまでの時間制限付きでふたりきりの授業が許されたのだ。
副団長も魔法防御ができることと、魔力の高さから同席できるのではないかと思われたが、万一の場合、魔道士団の団長と副団長が同時にいなくなることのないように、という安全策を取ったため二人以外の入室は認められなかった。
私にはそうは説明されなかったが、事実、侍女たちは危険を理由に同席を拒否されたし、他の者の入室はただの一人も認められなかった。
エリーはそれでも、と食い下がっていたが、国王命令だ、と言われれば折れるしかない。
私としても万一、自分の魔力が制御できず、誰かを傷つけるのは怖かったので、ふたりきりの授業に賛成した。
男性とふたりきりといえど、こちらは七歳、エルンストは確か、五十代だったはずだ。
父親と娘どころか、祖父と孫ほどに年齢に開きがある。
実際、エルンストは私のことを孫のようによく可愛がってくれていたように思う。
会う頻度は高くはなかったが、折々に、よく珍しい菓子を贈ってくれていた。
優しいおじいちゃんなイメージしかないエルンストだったが、本日は教師役であることもあっていつもと違う雰囲気だ。
それに安全を考慮して、いつもより遥かに距離がある。
王城の中で一番広い演習場、中隊と中隊が戦闘訓練できるくらいには広い演習場、その中央に私は立っている。
対してエルンストは演習場の出入り口の扉を背に立っている。
遠すぎて表情すら見えない。
エルンストの声は、魔法を使って大きくしているらしい、私にはまだまだできそうもない芸当だ。
当然、私の声はエルンストには聞こえないし、細かい動きも見えないだろうと思っていたが、どうやら魔法で視力も上げられるようだ。
この間、老眼が、と言っていたような気がするが、どういうことだろう。
「本日は、これまでにしましょう」
まだ、一時間も経っていないと思うのだが、本日の授業は終了らしい。
休憩を挟んでまだ続くもの、と思っていたので拍子抜けだが、ほうと安堵の息が溢れてしまった。
あまり自覚はなかったが、相当疲れていたようだ。
初めての魔力制御は思いの外、集中を必要とした。
とはいっても、お披露目式の時に出した火球と同サイズ程の炎を指先に留める、というだけしかしていない。
できる限り小さく、と言われたが、大きくは出来でも、小さくは中々難しく、炎を指先に留める事で手一杯になってしまった。
はじめは顔ほどだった炎が時間経過とともに段々と大きくなり、最終的には手を精一杯伸ばしても、顔に触れるのではないかというほどになってしまった。
ちなみに最終目標は蝋燭サイズの火だというのだから、目標達成は限りなく遠い。
現代の私以外に測定不能である国王とユリウスは蝋燭サイズの火を継続して灯せるようになるまで数年かかったという。
測定用魔石を破壊してしまった私は目標を達成できるまでに、一体何十年かかるのだろう。
せっかく、待望の魔法が使える、しかも高魔力だというのに、自由に使えるようになるまでの道程は果てしなく長い。
訓練場の出口をより遠く感じながらも一歩を踏み出し、前を向いた。




