26.
「おはようございます、姫様」
筆頭侍女の声にゆっくりと意識が浮上してくる。
寝起きの体を持ち上げると、背中にクッションを挟んでくれた。
そのまま、ベッドの上でぬるい紅茶を飲んでいると、段々と頭が覚めてくる。
「おはよう」
やっと挨拶の声を出した私を、少し困った目で見ながら筆頭侍女――ケニーは笑んだ。
カーテンを開けると眩しさに目が眩んだ。いつもより長めの睡眠だったらしく、太陽はもう真上に近い。
それでも眠たいという気持ちは全く収まらず、洗顔用の水に手を付ける気にはなれなかった。
「姫様、諦めて、洗顔なさいませ」
紅茶を飲むふりで時間稼ぎしていたのがバレたらしい。
さっさと紅茶を取り上げられた。
きっと次の紅茶は朝食とともに熱いものが出されるのだろう。熱い紅茶のために眠気を振り切って洗顔することにした。
それにしてもなんでこんなに眠たいのだろう。いくらでも眠れる気がする。
ああ、そうだ。昨日は初めての夜会だった。
ぼーっとする頭でなんとか無難に出番を終えると、さっさと暇を告げ、部屋に逃げ込んだのだった。
とはいえ、早朝から準備をしたりと七歳の体にはきつすぎるスケジュールだったし、夜会の参加も一時間の予定が、結局、二時間近くの参加となった。
部屋に戻った時点でいつもの就寝時間を優に超えていたし、戻ってからも服を脱がされ風呂に入れられた。
何か合間で夕食らしきものを口に入れられた気もするが、あまり覚えていない。
肌や髪の艶を見るに、いつものようにお手入れもされているようだ。こちらは全く記憶にない。
寝間着に着替えた覚えもないし、ベッドに寝た記憶もないので、風呂の途中で寝てしまったのだろう。
子どもといえど、寝ている人ひとりに服を着せて、運ぶのは大変だっただろう。申し訳ない。
「昨夜は大変お疲れでしたね。夜中に国王陛下がいらしていましたよ。それと、皇后陛下から、本日お茶をご一緒にどうかと打診を受けています。難しければ断って構わないと言伝を受けました。いかがなさいますか」
なんと、昨夜、父様が来てくださったらしい。
一応、声がけはされたみたいだが、ぐっすりと寝ていたため、起こさなかったようだ。
「皇后陛下から?当日に仰るなんて珍しいわよね」
「そうでございますね。その上、招待状でなく、言伝ですから……何かお伝えしたいことでもお有りなのでしょうか」
筆頭侍女も詳細は聞いていないらしい。
ある程度の強制力を持つ招待状でなく、言伝なのは今日の体調を気遣ってくださったのか、別の思惑があるのか、情報が少なすぎて全く読めない。
しかももうすぐ、お昼の時間のようで、すぐに返事をする必要があるらしい。母様に相談する時間は無いようだ。
「まだ、少しだるさは残っているけど、何かおありなのかもしれないし……喜んで伺います、と伝えてください」
侍女の一人が部屋を出ると、誰にも気付かれないようにそっと息を吐き出した。
・・・・・・・
「皇后陛下、本日はお招き、ありがとうございます」
「急なお誘いでごめんなさい。今日は来てくれて嬉しいわ。まあ、まるで妖精姫のような愛らしさね」
これまでより少し長いドレスの裾をつまみ、挨拶をする。
薄紫色に真珠をあしらったドレス。ずっと着たかったのだが、裾の長さでこれまで着ることができなかった。やっと着られて、とても嬉しい。
少しお姉さんなデザインに似合っているか不安だったが、皇后の様子を見るに、問題無い範囲なのだろう。
「昨日はとても疲れたでしょう。今日は公式なお茶会では無いのだから、気を楽にしてね」
その言葉通り、皇后の私室にはいつもより遥かに人が少ない。
人払い、とまではいかないが、必要最低限の人数しかいないように見える。人を招くときは常に数人の侍女や侍従を控えさせている皇后にしては珍しいことだ。
昨日に関する、その中でも当たり障りのない会話をつらつらとしていく。
皇后を見るとその顔がいつもより朗らかで、明るいように見えた。
「ユリウスのエスコートは、どうだったかしら」
「とても気遣っていただきました。まだ、色々と不慣れなので」
これまで、明るかった顔に一瞬だけ影がよぎった気がしたが、気付かないふりで、会話を続けていく。
三十分が過ぎただろう頃、おもむろに人払いをしてもいいかと尋ねられた。
了承の意を返し、連れてきた侍女も共に下がってもらう。
「アイリスさま、この度は本当にありがとう。おかげでユリウスの王位継承が盤石なものとなったわ」
そう言って頭を下げた。
お礼を言われる意味が全くわからない。
それ以上に皇后に頭を下げさせているこの状況をなんとかしたい。
「頭を上げてください、皇后陛下!」
混乱している私にはこんなことしか言えない。
私の混乱が分かったのだろう。皇后はこの状況をきちんと説明してくれた。
「昨日、ユリウスのパートナーになってくださったでしょう。あの時点で、ユリウスが王位を継ぐことは決まったようなものだったけれど、昨夜はあなたのお披露目なのに、ユリウスをとても良く立ててくれた、と聞いたの。おかげでカイル殿下やクラーク殿下を推そうとしていた者たちは夜会の間、とても大人しかったそうよ」
ユリウスを立てたことに多少、心当たりはあるが、そこまでのことになっているとは知らなかった。
大体、次兄であるカイルも、三兄であるクラークも王位を欲していないどころか、できることなら王位継承を放棄したいとまで言っている。
本人たちにその気がないのに外野だけが盛り上がっている典型例だ。
「そんな事になっていたとは、知りませんでした。ユリウス兄様のためになっていたのなら、良かったです」
理解が追いつかず、ありきたりなことしか言えなかったけれど、背には冷や汗が伝っていた。




