15.
魔法と言っても大地を揺るがしたり、台風を巻き起こしたり、津波を起こしたりできるような大規模なものではない。
一般的には、一日に焚火やろうそくの火を一度つけたり、バケツ一杯程度の水を出したりできる程度のものである。
もちろん魔法を使うには魔力との相性もあるし、魔力量との兼ね合いもある。
生活の中でほんの少しだけ手間を省く程度のものなのだ。
だが、洗礼式を受けて初めて魔法は発現するし、洗礼式を受けても全く魔法が使えない者はいない、とされている。
そのため、洗礼式を受けないと、一人の人として扱ってもらえないのである。
そして平民より貴族の方が魔力量が高く、大きな魔法が使える。
それはひとえに魔法へのあこがれなのか、貴族としての矜持に関わるのか、おそらくは両方なのだが、魔力が多いものほど縁談は多いし、貴族に生まれ魔力量が著しく低い者は肩身の狭い思いをすることもある、と聞いている。
私自身の魔力量はどの程度なのか。
本来は洗礼式、祈り場での祈りの奉納、その後に魔力測定が行われる、はずだった。
だが、祈り場で不測の事態がおき、私が一週間も眠ってしまったため、魔力測定が行われていないのだ。
また、あの中央神殿に行くのは正直言って、嫌だ。
元々神殿にいいイメージがないのに、灰銀と呼ばれていた記憶が戻った今、より神殿に対し忌避感が生まれていた。
女神様に会って、神様達の存在は認めるし、感じるのだが、そうはいってもあの神殿は嫌だ。
もう、洗礼式も祈りの奉納も行っているのだから、魔力自体はあるだろうし、魔法も使えるはずだ。
それに何より魔力測定に使う道具はそれほど特別なものではない。
神殿はもちろん、王城にだってある。王城で魔力測定を行うのではだめなのだろうか。
そうすれば理由付けはいくらでもできるし、神殿に行く必要もないのだ。
こればかりはあまり後回しにできないし、したくない。
早めに父様に相談しよう。
本当は今すぐにでも魔法が使いたい気持ちをグッと抑え、そう決めた。
魔法を使ってみたいのは山々だが、自分の魔力量が分からない今、むやみに魔法を使うのは危険だ。
それに祝福を受けた今、自分の魔力量も多いのではないかという思いもある。
でも――前世からずっと憧れに憧れた魔法。使ってみたくないはずがない。
灰銀の時は貧民街にいたからか魔法自体あまり見なかった。おそらく周りの人々は皆、魔力量が高くなく、火付け等の大変な作業――家の中で生活に必要なことに魔法を使っていたのであろう。その上、一日に一度や二度ほどの発動が限度だったのだろう。
灰銀の家でも朝、母親が火をつけてから働きに家を出るまで火を絶やすことはなかったし、夜も一度つけた火を絶やさないよう気を配っていた。
あの母親も一日に二度ほど、魔法を発動させるのが限度だったようで、誤って火を消してしまったときには、周囲の家からもらい火をしたり、魔法の使えない灰銀が手作業でどうにか火をおこそうとしていた記憶がある。もちろん、そのたびに怒り狂った母から折檻を受けたが。
あの手作業で火をつける事はとても大変だった。
特に冬の寒いときは、手が全く言うことを聞かず、その上、母に罵倒されながらだったので、中々火が付かなかった。
もらい火ができればよかったのだが、灰銀は周囲に嫌われていた。灰銀と関わることを避ける家も多かったし、下手したら殴られもしたので、手作業で火をおこす必要があったのだ。
かじかむ手で火をおこしながら、ひどく魔法に憧れたのを覚えている。
そんな羨望すら持っている、魔法。
今なら使うことができる。
だが、自分の魔力量は未知数で、魔法の特訓も受けていない。
でも、でも――魔法で火をつけてみたい。
そう思い、右手、人差し指を伸ばした瞬間、指先から炎の玉が飛び出した。




