10.
侍医の診察を受け終え、味気ないパンがゆを食べていると部屋のドアが勢いよく開いた。
室内着の母様が息を切らして、目に涙を浮かべて、そこにいた。
母様は、クッションに支えられているけれど起き上がっている私を目に留めると、その場に泣き崩れた。
「母様!」
慌ててそばに行こうとするが、身体がうまく動かない。
一週間も寝ていたのだから当然だが、あちこちに不調があるようだ。
遅れてやってきた母様の侍女が支え、何とかベッドサイドの椅子に座らせる。
「本当に、本当に良かった」
母様の口からそう零れた言葉に、身体の緊張が溶けていった。
父様は起きてから数分で駆けつけてくれたが、真夜中にたたき起こされた侍医が来て診察をしている間にも――母様は来なかった。
前世の記憶を引きずっていたのか、これまでの七年間、ひたすらに愛を注いでくれていた記憶はあるのに、どうしても本当に愛してもらえていたのか自信がなくなり不安だった。
母様が来てくれない時間は否応にもその不安を掻き立てていった。
「目が覚めて本当に良かったわ。すぐに駆け付けたかったのだけど、服を着替えてからでないと侍女が部屋から出してくれなくて」
そう母様は涙を呑みながら言った。
思えば当たり前のことだった。母様は第三夫人といえども王妃である。寝間着、寝起きの姿で城内を歩くわけにはいかないだろう。
着替えも必要だし、顔を洗って、髪を整えてからでなくては部屋を出られない。どんなに急いでいても走ってはならないし、高いヒールで優雅に余裕をもって歩かなければならない。そして貴婦人の身支度は本人がどんなに早くと頑張っていても時間のかかるものである。
考えると、私の目が覚めてから一時間もしないうちに来てくれたのはとても、とても早い方ではないのだろうか。
どうやら最後の廊下は耐えきれなくなり、走っていたらしく、母様は侍女に小さく怒られていた。
王妃の体裁を保つことはとても大事だと思うが、いつも王妃として模範的であるように行動する母様が、王妃どころか貴婦人としてもよろしくない行動をするくらいには愛されているのだと感じて、喜びが胸に広がっていく。
目が覚めて以降、この時に初めて笑えたような気がしていた。
「アイリス、どこか痛いところはないかしら」
やはり夫婦は似ていくのだろう、母様は父様と同じことを聞いてきた。
「大丈夫です。少し動きづらいのですが、ゆっくり動けば大丈夫です。侍医もはじめは違和感があるだろうが、段々落ち着くと仰っていました」
「ならよかったわ。あら、ご飯を食べていたのね。なら残りは私が食べさせてあげるわ」
目元を真っ赤にしている母様が嬉しそうに微笑みながら言う言葉に、どうしても拒否はできなかった。
熱いパンがゆにふうふうと息を吹きかけて冷ましている母様の横顔はとても美しかった。




