第61話 こういう日常がずっと続くといいなって感じの日常
「アリアさーん?」
階段を上がって声を掛ける。はーい、とアリアさんの部屋の方から声がした。
「アリアさん、入っても大丈夫?」
「うん、どうぞー」
アリアさんの声の調子から、特に何か他意があって席を外していた訳では無さそうだ。
「突然アリアさんいなくなってたから、どこ行っちゃったのかと思ったよ」
「ごめーん、82本って聞いて、ちょっと根気持たないなって」
とアリアさんが「てへっ」を体現した様な表情をする。可愛い。
「その82本だけど、もう終わったよ。合格2本って、かなり厳しい審査だった」
「女神様とお話ししてたのよね? 2階には届かなかったなぁ……」
「アレ? そうなの? てっきりアリアさんなら聞こえてると思った。アリアさんは、何読んでるの?」
アリアさんはベッドに転がりながら本を読んでいる。この世界の定番、上製本のハードカバーである。
「これ? 魔法アイデアブック、って気軽な読み物よ」
「それ気軽なんだ。魔法のアイデアなんて、凄くレベル高そうなのに」
「あ、ううん。そんな堅い本じゃなくて、こんな事できたら凄いよねーでも出来ないよねー、みたいな本なの」
「出来ない、が前提なんだ。生活魔導師のアリアさんでも参考になる事があるの?」
「あるよ? でも、大抵アイデア倒れで実現は出来ないのばっかりだけどね」
なるほど、空想科学の本みたいな感じかな地球で近いのは。
一見科学的で勉強になりそうだけれど、前提がズレてるかる遊び本にしかならない。
アリアさんの本も、実現出来そうなアイデア、っていう前提が無いから、あくまでイメージ膨らませる為の本なんだろう。
「あっ、本題、フェリクシアさんから。お昼にするって」
「もうそんな時間? あ、ホントだ。時間経つの早いわねぇ」
そうこうして、俺とアリアさんは階下へと降りた。
***
「今日は、旦那様のかつての主食である米をメインに、幾らか購入してきた肉類も料理に加えてみた」
「おおっ白米! 懐かしいなぁ……こっちは豚肉の生姜焼き?」
「生姜焼き、と言葉がスムースに伝わるという事は、旦那様の世界にも似通ったものがあったのだな、良かった」
「シューッヘ君、生姜って今朝の、甘生姜湯の生姜? あんなに辛いの、食べられないよあたし」
「あー、アレは香り付けに使う生姜焼きとは違って、すりおろしをそのまま、しかも大量に入れてると思う。豚の生姜焼きは辛くないよ」
にしても良い香りだ。久しぶりに白米に100%のマッチングをする食事が食べられる。
王宮食堂のご飯は、ちょっとパサパサ気味の米だったからな。短粒種っぽい見た目ではあったけど。今回椀に盛られてるのは、しっかり短粒種。
じゃ、早速……
「いただきまーす」
「頂きます」
「いただきます」
取りあえず米だけで食べてみるか。ふむ、むぐむぐ。んー、短粒種ならではのしっとり感と甘みはある。
けれど、ちょっと水分過剰な感じかな。べちゃべちゃしてしまって、更に熱々なだけに食べづらい。
「この米はどうだ? 旦那様」
「米自体は良いかもなんだけど、水加減かなぁ、ちょっと水が多いみたい。料理できない俺が言うのも偉そうだけど」
「偉そうにしていてくれ、料理の調整は私の仕事だからな。他に気になる点は無いか?」
「ここまで水っぽいと、ほっくり感とか香り高さとかを味わう余地がないから、やっぱまずは水加減からかな」
「なるほど分かった。一般的な米になる長粒種とは、水加減が随分異なるようだ。少し水の量を減らして、炊き分けに挑戦してみる事にする」
「アリアさんとしては、このお米はどう?」
既に茶碗を口元に当ててガツガツと突っ込んでたアリアさんに聞いてみた。
「んー、ちょっと水っぽい? だからだと思うけど、熱いわよね」
「だよねー、米の水って難しいんだよな、ちょっと違うだけで堅さ・柔らかさとか風味とか、全部変わるから」
「旦那様の世界では、米への傾倒が激しかったようだな。主食とは言え、この世界でそこまで拘る事は珍しい」
「あー珍しいんだ。日本だと、ご飯が美味しく炊けて、それが大前提でおかずが付いてくる感じだったからなぁ」
「米がまず炊けないといけないのか。やはりハードルが随分と高いな」
「あ、でも米以外は『食べれれば良い』って感じだよ。昨日の芋も美味かったし」
「ふむ。米に直接味を付けてしまうのは、旦那様としてはどうだ? 煮たり焼いたり、バリエーションはあるが」
「それも美味しいとは思うよ。ただ、味付けご飯の類はどうしても、主役の座は取れないかな。白米それ自体に勝る物は無いって感じで」
「うーむ、まだ向こうしばらくは、旦那様が満足のいくレベルの白米が炊ける自信は無いな。済まないが、ご承知置き願いたい」
「いや、そんな堅苦しい話じゃなくて良いんよ? 米も芋も全部美味しく、なんて言ったら俺さすがにバチが当たるよ」
文句ばかり並べてしまって、俺の方こそ申し訳ない事をしている様な気になってくる。
フェリクシアさんは結構凝る方だから、どれだけか炊いてくれていれば、そのうち美味い白米も食べられるだろうと思う。
どれ、おかずも。
「んー! これは美味いっ! 甘辛の照りのあるタレが程よく絡んでて、日本の豚生姜焼きより美味しいぞ?!」
肉汁が濃厚なのも旨みを増している。これ最強じゃん!
この世界の豚肉の作り方は知らないが、狭いケージに詰め込まれて育つとかでは、無いんじゃないかなこれ。
肉質がしっかりしていて、うっかりすると硬さに繋がるが、筋がしっかり切ってあるからか『弾力』で収まっている。
「ホントだこれ美味しいっ」
アリアさんがパッと明るい顔になって口元に手をやる。
「そうか。どれ、私も食べてみよう」
そうして3人揃って生姜焼きに食らい付く。もぐもぐと沈黙が流れて、
「確かに美味いな。勧められたタレだったので出来上がりが多少不安だったんだが、これは良い」
「プロのタレなんだ、そりゃ美味いのも納得だ。生姜は、フェリクシアさんのアイデア?」
「うむ。仕入れた豚肉がワイルドポーク種という、飼育というより自然農法で育てる豚だから、臭みが抜けないと困ると思ってな」
「やっぱり草原走り回ってる系統かぁ。肉質が引き締まってて、歯ごたえも良いよねこれ」
ふと見ると、昨日とは皿が変わっている。
昨日は真っ白なだけの皿だったんだが、左右にちょっとした飾りが付いている。
「あ、お皿買ったんだ」
「ん? ああ、これは身内で使う用だな。5枚セットで売っていた」
「お皿でも、結構ハッキリした絵付けのがあるんだね」
左右のちょっとした飾りは、ティーカップの装飾のように華奢で華麗な物だった。
こんなよさげな皿が身内用……って事は、普段使いなんだよな。うーん、凄い贅沢してる気分いっぱいだ。
「食べていてくれ、お茶を準備してくる。ホットとアイスと、どちらでも出来るが?」
「じゃ俺はアイスで」
「あたしホットが良いー」
「分かった。紅茶もストレート向けなのが買えたからな、楽しみにしていてくれ」
と、足取り軽いフェリクシアさんがワゴンを押してキッチンの方へと消えていく。
そう言えばあのワゴンも、まだ借り物なんだよな。いっそアレで良いじゃんとか思っちゃうんだが……
「ねぇシューッヘ君、豚の生姜焼きって、その……異世界? って言えば良いのかな、シューッヘ君のいた世界でもよく食べてたの?」
「異世界。そっか、こっちからするとあっちが異世界か。豚の生姜焼きは、俺らくらいの若者にはウケが良いよ。ガッツリ食べられるし、そこそこ腹にドンと来るし」
「他の肉類は? 牛とか山羊とかうさぎとか」
「牛はあったけど、山羊とかうさぎは食べた事無いなぁ。こっちだと、よく育ててたりするの?」
「うん。牛はちょっと珍しいかな、山羊は乳も取れるし、それでチーズ作ったり。うさぎは育てるより狩ってくる事が多いわね」
「俺の世界じゃ狩りってのが無くてさ。無いって言うか、ほとんど全面禁止? 武器類とかも一切持てないし」
「えぇ?! 武器を持たない国なの? それって……怖くない?」
アリアさんの驚嘆の表情こそが、この世界の常識なんだろうなぁ。
武器を持ってくる厄介な連中に、武器で応戦。それが当たり前なんだろう。
「うーん、一般人も犯罪者も揃って武器持ってないケースが多いからなぁ。あって果物ナイフ程度?」
「それ武器じゃ無いじゃん」
「そう。その程度しか、武器らしい武器が無かったんだよ、俺の国」
「信じられない……悪い事する人だったら、せめてブロードソード位は……」
「剣は全く無かったね。せいぜいあって……草刈りも兼ねた山刀くらいかなぁ。アレは強そうだった」
「マチェット? って言うのは、んー、この位?」
「もう少し長いかな。この位」
ここに無いマチェットの長さを、手を広げて示してみせる。
マチェットナイフも、単なるナタのデカいのから、軍用のククリナイフみたいなのまで色々だったしなぁ。
「でも、街にマチェット持ってくるバカはいなかったよ、犯罪者でも。警察来るからね、すぐに」
「けいさつ?」
「んー、なんだろ、保安官? 警備員? みたいな、街の護衛者」
「あぁ、ガードの事かしら。ガードがすぐ来るなら、犯罪者の方が怖くて武器持てないわよね」
ここでは警察は「ガード」という別の職種らしい。
ただ、犯罪者に恐れられているところは、何処の世界でも一緒か。
「待たせたな、まずは奥方様のホットティーからだ」
マチェット警察論争をしていた俺たちのところにワゴンが来る。
空のティーカップがアリアさんの前に置かれ、そこに色よい紅茶が注がれる。
「あぁ、良い香り!」
「香りの強い茶葉があってな。ただ苦み・渋みは無くて、軽い飲み心地だ。ストレートを勧める」
とストレートを勧めつつも、シュガーポットとミルクポットはしっかり置く辺り、メイドさんだなぁと感じる。
と、今度は俺の目の前に、氷で出来たジョッキが置かれる。なんだこれ?
「ちょっと遊んでみたんだ。外側は溶けないようにはしてある」
ジョッキの中には、真四角の透明な氷が満たされている。
そこへ。さっきアリアさんに注いだ熱々の紅茶が注がれる。
ジョッキの中の氷はどんどん溶けて小さくなるが、フェリクシアさんの言う通りジョッキ自体は氷製のはずなのに、溶ける様子が無い。
「これ、魔法で溶けないようにしてるの?」
「正しくは、氷のジョッキと、その部分の紅茶が接しないように結界を張ってある。ごく薄い結界だが、僅かに離すだけで溶け方はまるで違うからな」
どれ、飲んでみようか。
ジョッキを持つと、確かに何かこう、サランラップ越しにジョッキを掴んでいる様な、変な触感だった。
ただ別に、そのラップが滑るとかガサガサ言うとかは無くて、温度感覚がそんな感じというだけ。不便は無い。
口を付ける。すする。おっ美味いじゃんこれ。って言うか、香り凄いなこれ!
「凄い良い香りだね、これ、王宮の4階のカフェより上行くんじゃないかな」
「ははっ、さすが比較対象が大した物だ。あのカフェは国家重鎮クラス専用のラウンジカフェなのだがな」
「えっ、あーそう言えば……いつもヒューさんと一緒に行ってたなあそこは」
いやしかし本当に美味いぞこの紅茶。香りは爽やかなんだがちょっと後を引く甘みがある。
もちろん甘みと言っても、砂糖のそれでは無い。茶葉が自然に持つ、紅茶の甘みだ。
「これだけ美味しいと……お高いんでしょう?」
これの元ネタはよく知らないが、よく地球で誰かが言ってたようなセリフを言ってみる。
「まぁ、安くは無いな。だが並かそれ以上の働きをする子爵様であれば、この程度はたしなみだ」
フェリクシアさんは少し苦笑いをしてみせた。そして、ワゴンをちょっと端に寄せて、再び食卓についた。
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