第60話 テイスティング大会 大量のガラスゴミを生み出しながら。
壮観だな、70本もの酒瓶が乗ってるホールテーブルと言うのは。
詰めれば82本載らない事は無かったが、女神様が中身を持って行かれた際に割れる可能性があるのでちょっと間隔を空けた。
そりゃまぁ、割れるよな。そこにあった物質が突然消滅すれば、瓶内の真空度は一気に高まる。内側に崩壊する瓶も出てくるだろう。
瓶も多彩で、ワインボトルの様なずんぐりした分厚そうなガラスのボトルもあれば、もっと薄はりのガラスボトルもある。
「これで、全部ですよね」
「はい、全部になります」
「えーっと……念押しになりますけど、女神様に捧げたお酒は、帰ってきません。更に、瓶は割れる事があります。大丈夫?」
「はい。とは言え、酒瓶は丈夫に出来ておりますので、そう簡単には割れませんよ?」
「まぁ……割れるときは割れる、位です」
酒瓶が内部方向に崩壊するのなんて、想定してないんだろうなぁ。
俺だって地球でそういうシーンは見た事無いもんな。
「女神様、女神様……」
俺はテーブルの端で片膝を付いて、手を組んだ。こう、定型が決まれば良いんだが、未だに女神様に向かう時の定型が決まらない。
ただ俺の意図は伝わったようで、酒屋の店主も同じ様に片膝を付き胸に手を当て、頭を下げている。
『じゃ、奥の10本から行くわ。さすがに味わうにも時間掛かるからね』
「それはもちろん。存分に味わって下さい」
『じゃ頂くわ』
と、その御声と同時に、バリンと瓶が潰れる音がした。
瓶が割れても、もう液体は女神様のお手元だから、ビチャビチャになるって事は無い。ガラス片はそこに残るが。
「わ、割れた?! こ、これも女神様の御力ですか?!」
「あー割れるんですよ。これは物理ですね」
「ブツリ? 御力ではないので?」
「御力の余波、というのが正しいかなと思います」
と、俺と店主がごそごそ話していると、ふと声が掛かった。
『この10本はそこまででも無いわね。1本だけ、瓶の潰れたのだけは、少しは出来が良いけど、神気を持ち上げる程の力は無いわ』
「女神様の御言葉は?!」
「まぁまぁ……10本中9本は、実質不合格です。瓶の潰れた1本は、多少は……お気に召した、という程度です」
「き、厳しいですね女神様の審査は」
「そりゃまぁ、女神様ですからね。女神様、引き続きお願いします」
『じゃ次の10本ねー』
と、今度は瓶が割れる音はしなかった。
『あら、これなんて良いじゃない。神気が明るくなる感じで、飲み心地も良いわ。人と神の両方に勧められそうな逸品ね』
「女神様どれです?」
「えーと、割れてる瓶の隣の隣よ」
俺は急ぎテーブルに駆け寄った。そこにあったのは、赤ワインのボトルの様に丈夫そうな瓶だった。
瓶を、手を伸ばしてひょっと引き抜いて、酒屋の店主のところまで持っていく。
「これ、合格です。女神様が仰るに、『神気が明るくなる、人と神の両方に勧められそうな逸品』とのことでした」
「おぉ! 女神様はこれをご所望になられるか、やはりお目が高い……」
「特別なお酒なんですか?」
「はいっ、この中でも特に醸造年が当たり年のワインでして、今では非常に高価な赤ですよ」
「高価なのが良かったのかな……女神様、選定基準は? やっぱり当たり年だからですか?」
俺の呼びかけに、直ちにご返答はあった。
『酒自体の当たり年・ハズレ年よりも、その年が酒造者にとっての喜びの年だった事が大きいわ。陽気に満ちた酒、とも言えるかしら』
「女神様はなんと?!」
「まぁそんなにがっつかないで下さい、何でも、当たり年だからと酒造りの人たちが喜んだ年だった事が、女神様にとってのポイントみたいです」
「なるほど、確かにこの年は、酒屋業界は大はしゃぎでしたな……」
「女神様、引き続きお願いします」
『パッと見る限り、今の1本に勝るのが無さそうだから、ここからは25本ずつ持っていくわ。割れたらごめんねー』
と、女神様の仰せと共に3本の瓶がバンバンバンといきなり割れた。
俺は女神様からの告知があったから驚きはしなかったが、酒屋の店主は「ひっ」とびっくりしていた。
「いまこれで……45本か。もう大体、半分ですね」
「店内からも抜粋して持ってきたんで、もう少し合格点頂けると思ったんですけどねぇ……予想より女神様が辛口で」
「女神様の仰るに、人の基準とは異なるとの事ですので、人が美味しい酒とイコールではないでしょうし」
『あらこれ良いじゃない。これは純粋に味ね。この位のお酒がいつも手元にあるといいのになぁ』
「……女神様にも美味しいお酒、あったみたいです」
場所を伺って瓶をピックアップして来る。これです、と酒屋の店主に示す。
「ほうなるほど。比較的クセの強めなお酒がお好みなご様子ですな、フルボディーの赤です」
「これについては、女神様『味』しか言ってませんね。この位のがいつも手元に欲しい、とまで仰せです」
「このタイプの……必ずしも同じのという訳にも参りませんが、この手のでしたら月一くらいでお供え出来ますよ」
『やったー♪ 良いお酒確保っ!!』
「あー……女神様が凄い喜んでみえますね、月一ってところで」
「はっはっ、女神様はお酒がお好きなご様子。酒屋としてはありがたい神様です」
「女神様、もし『女神様ご推薦』を出すとしたら、やはりさっきの当たり年のですか? それとも今のも行けますか?」
『私が推薦ってなると、瓶に特別なラベルの1枚も貼りなさいよ。今のところ推薦は2種。さっきのと今のね』
「女神様のご要望です。今のところ2種合格なんですが、女神様の推薦でと言うならラベルくらい貼りなさい、と」
「公にして宜しいんで?! そりゃもちろん、特別なラベルをこしらえて商売いたします!」
「と……ここからは、瓶が随分違いますね。強いヤツですか?」
「そうですね、その2本はスパークリングワインですが、それ以降は全て度数の高い酒です」
「では女神様、どうぞ」
俺が頭を下げると、またも瓶が爆ぜる音が響く。今度は何本か爆ぜたようだが、多くて何本か分からない。
『スパークリングは気分転換には良いかもね。この色の濃い酒は、悪くないわ。ただストレートで飲むには強いわ』
「えーっと……スパークリングは気分転換程度、『色の濃い酒』は多少お気に召したようですが……どれでしょう」
色の濃い酒と言われても、どの瓶も一滴たりとも残量が無いから酒の色は分からない。
「色の濃いと仰ると、きっとこれですね」
「ただストレートで飲むには強い、とも仰せです」
「ふむふむ……それを氷温まで冷やして、ストレートでカツンと行くのも、なかなかオツなんですが」
「今日は常温ですしね、冷やしてリトライ、とかも楽しいかも知れません。さて、では最後かな? お願いします」
大分机の上は割れた瓶でグチャグチャになっていた。後で片付けるのが大変そうだ。
で、更に瓶は爆ぜる。床に直接置いておいた瓶も割れたから、後々怪我しないようにしないといけない。
『グハッ! あんたたちなんて物まで供えてんのよ?!』
「えっ?! 御不興?!」
「えっ!! ど、どうしましょうノガゥア卿!!」
『別に怒っちゃいないけどさぁ……あんたこれなに、ほとんど酒精分しかないじゃない、旨みも何もあったもんじゃないわよ!』
「て、店主さん、なにかこう、酒成分100%みたいなお酒、この中にありました?」
「あぁー! これも瓶が潰れちゃってますが、度数97%の酒が」
『それは最低点ね。飲んで神気は上がるけど、強すぎて喉が痛いし消毒臭がしてたまんないわ』
「あらー、こちら最低点だそうです。消毒臭がたまったもんじゃないとの仰せです」
「あー……女神様のお好みが分からなかったので持ってきましたが……これもドワーフ族にはウケが良いんですよ」
『私はドワーフでも無いしドワーフの神でも無いからね。人の神は、人が好む様な酒の方が好みよ』
「なるほど、ごもっともです」
「女神様はなんと?」
「私はドワーフの神じゃ無いから人が好むようなのが好き、と」
しかし、別の意味で壮観だな。立ってる瓶、机の上で潰れて散らばってる瓶。床で爆ぜてる瓶。
「女神様、女神様。82本ものテイスティング、お疲れ様でした。そして月一確保、おめでとうございます」
『ふふーん、82本分もテイスティング分だけしか飲んでないから、しばらくお酒のストックには事欠かないわ♪』
「良かったですね、女神様。こっちは今から片付けが大変そうです」
『あら。怪我しそうね、ちょっと空箱あったら何処でも良いから置いてちょうだい』
「空箱ですか? 店主さん、空箱あります?」
「こちらに、先ほど運んできた箱が」
と、店主が空になった箱をよこした。
「空き箱はご用意しましたが……」
『ちょっと離れてなさい』
言われて箱から離れる。すると、そこにいきなり砕けたガラスがジャーッと注がれた。
割れたガラスとガラスの当たるカチャカチャ言う音が耳障りでならない。
『はい、片付けたわよ。欠片も無い程度に片付けたから、後はその箱、気をつけてね』
「あっ、ありがとうございます!」
「こ、このガラスは……」
「女神様が、割れた瓶をまとめて下さいました。気をつけてね、とも仰せでした」
「ああっ、なんと女神様はお優しい御方か……ではまず、割れた瓶の欠片から先に、店に持っていきます。次いで瓶も取りに参りますので」
そう言って、酒屋の店主はズボンから丈夫そうなグローブを取り出し、ガラスを気にしない様な持ち方で箱を持っていった。
手の甲にガラス片が突き刺さりそうなんだが……アレもプロ用のグローブとかなんだろうなぁきっと。
「終わったか? 随分派手に瓶が爆ぜ飛んでいたようだが」
ひょこっと、キッチンに繋がる廊下からフェリクシアさんが顔を出した。
「女神様が中身だけ持っていくからね、耐えられない瓶は割れるんだ。あ、でも、割れた破片も全部女神様が片付けて下さったので安全だよ」
「女神様が片付けて下さったから良い様なものの……瓶が割れると、存外木目に入り込んで危ない。次回からは何か敷物を敷いてからやって欲しい」
「す、すいません……」
怒られてしまった。
と、ホールから見えるキッチン側の廊下に、何か荷物が山積みになっている。
「フェリクシアさんも凄い荷物だね。昼前の買い物は、何を?」
「かさばるだけでそれ程重くはないのだがな。鍋やらフライパンやら、後は調理用の小道具類やら。日持ちする常備菜も買ってきた。午後は魔導冷庫を仕入れに行く」
「魔導冷庫って、どういう仕組みで冷えてるの? もし良かったら俺も行って良い?」
「旦那様が来て下さる分にはありがたいな、機能はどれもそう変わらないのだが、デザインに随分差がある。好みの物があれば、それに越した事は無い」
「好みのったって……台所はフェリクシアさんの領域だから、フェリクシアさんの趣味で良いよ? そうなると俺邪魔だな」
「いやいや、魔導冷庫は一般的にだが、家を建てる時にその家の中心魔導家具として置く、大切な物だ。やはり主人自ら選ぶに越した事は無い」
「そうなの? まぁ、邪魔になんないなら行こうかな。あ、それと今日今までに買ってきたものだけど」
と俺はフェリクシアさんに、主にあの陶器店での買い物の話をした。
「獣人か。ギリギリ貴族街区の向こう、と言ったところか」
「ん? 貴族街区には、獣人の店は無い?」
「今のところはな。別に排除もしていないし差別も無いんだが、貴族の中には選民的な輩もたまにいてな」
「商売やりづらいのかな。ともかく、犬か狼か、そんな姿の獣人さんだったよ」
思い出すだに、犬なのか狼なのか分からない。
ただどっちにしろ、随分品があって落ち着いていた印象はあった。
俺が獣人という、俺にとって未知の存在に戸惑った瞬間も、文句を言うでなく無難にスルーしてくれたし。
「じゃあ、お昼にしよう。奥方様はどうした?」
「アレ? さっきいたのにな、ちょっと探してくる」
アリアさんどこ行った? 俺は取りあえず2階に探しに階段を昇った。
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