第59話 ノガゥア邸に大量の酒瓶搬入 ~但し俺たちが飲む分じゃありません~
上り坂をトコトコ歩いて行く。どうもこの道、バルトリア工房の出店の方に繫がるらしい。
バルトリア工房が有名なのか、俺が貴族なのでバルトリア工房と取引があると見込んでなのか、陶器店の犬族店主がバルトリア工房を目印に帰り道を教えてくれた。
行きは、キャラ物窃用の店に睨みを利かせたり、時計見たり、変わった甘味処で美味しい思いをしたりしてたので気にならなかったが。
屋敷との高低差が結構ある。この道には店が無く、ただひたすらに坂道が続いている。ちょっと息が上がる。
「シューッヘ君大丈夫? 少し休む?」
「いや、この位なら、何とか」
と……答えはしたが、実際には顎が上がる位にヘトヘトではある。アリアさんの前であまり根性無い所を見せる訳には行かない。
ようやく上り坂も終わり頃、商店らしき建物の裏側を見ながら、もう少し坂を登る。登りきると、ちょっと狭い道を折り返し。
折り返して道を見ると、なるほどこの道はバルトリア工房出店がある道だと分かった。左右に色々な商店がある。
しかし何だな、この国ではあまり坂道に建物を建てる技術は無いのかな。結構たくさん店を置けそうなんだけど。
そんな疑問は、アリアさんに聞いてみたらすぐ答えが分かった。
「地盤が砂をかなり含むから、斜めの所に建物建てると、砂が流れて傾いちゃうよ?」
なるほど。場所があるから建てれば良い、と日本的に考えていたが、砂地の上に建物ポンポン建てる技術は無いようだ。
ここの道も、商店がたくさんあるが来た事無いな。裁縫店、クリーニング店? 酒屋さんに、ん、あれ何だ?
「ねぇ、あの酒樽の看板みたいなお店って、何のお店?」
「アレ? アレは酒屋さんだよ」
「えっ、酒屋さんはもう2個手前の、アレじゃなくて?」
「あぁ、手前のは小売りで、あっちのは樽売りのお店。パーティーとか宴会とかに樽で必要な時に使うお店ね」
「樽で……そっか、客人が10人とか20人とか集まったら、瓶で買うより樽になるのか」
「いつかうちでもパーティーする様な事があれば、樽の3つ4つあっという間よ。みんなタダ酒好きだから」
タダ酒。俺は思わず苦笑してしまったが、アリアさんも何とも言いづらい苦甘い表情をしている。
アリアさんも、タダ酒好きな口なんだろうな、この表情からすると。そうだ、酒も少し買っていこう。
「少し屋敷で俺たちが飲む用の酒を買ってかない? 今、屋敷にお酒ないじゃん?」
「あら素敵。じゃ、そこの樽酒店?」
「まさかぁー。樽で買ったら一週間でも飲めないよ」
酒の話になるとアリアさんはノリが良いな。
ともかく、俺はアリアさんを引き連れて、バルトリア工房の3軒隣にある酒屋へと入った。
「はいいらっしゃい、お、ノガゥア卿」
「ん? アレ、俺ここ来た事あったっけ」
「お忘れですか? 何でも、女神様への供物をと仰って、上等なお酒を買って行かれましたよ」
「あぁ! 大脱出ゲームの後で来た店か。まだ土地勘が無い時だったから、分からなかった」
なんだ、来た事がある店だった。
確かにそう言われてみれば、店内のディスプレイの仕方に見覚えがある。
「それで、女神様へのお供えの後、飲まれて如何でした? 良いお酒だったでしょう」
「ん? 供えた後は、飲めませんよ?」
「えぇ! 捨てちゃったんですか?! も、勿体ない……」
「いえいえ捨てないですけど、女神様が瓶の中身だけ持って行かれるので、俺ら飲めません」
「えっ?! ノガゥア卿は、神官様でもいらっしゃるんで?」
あー……そういう事か。
供物の儀はあまり成功率が高くないって話は聞いてた。となれば、供物の儀で失敗すれば酒はその場に残る訳だ。
残った酒は、恐らくその場にいる神官なり巫女なりが飲むか、祭事の主催者が持っていくか。いずれにしろ人の口に入る。
だけど俺が供えると、今のところ百発百中で女神様がお取りになるので、手元に残るのは空の瓶だけ。よって飲めない。
「神官とかではないですけど、女神様からのえこひいき並のごひいきを頂いてるので……前回のお酒は、女神様にも好評でしたよ」
「お、おぉ……女神様公認のお酒として売り出そうかな……」
「ははっ、商売っ気出すのは商人さんとして良いかとは思いますけど、女神様を変に扱うと、ろくでもない結果が待ってますよ」
ローリス城然り。ちょっと女神様の結界叩いただけで城がリアルにガタガタさせられてたし。
「ま、女神様にもまたお酒お供えした方が良い頃合いとも思うので、俺たちが飲むのと、お供え物と。買ってきます」
「女神様のお酒の好みは? もし女神様の公認が頂けるのであれば……」
「やめといた方が良いですって。まぁ女神様怖い方ではないので、即天罰とかは無いと思いますけど」
いや、実際には『一般人(王様含む)には厳しい方』ではあるんだが、あまり怯えさせてもいけない。
「ノガゥア卿! うちで在庫している酒、全部1本ずつお渡ししますんで、女神様に好みを……」
「本気ですかぁ? 伺う分には良いですけどって、そう言えば女神様って言っても、サンタ=ペルナ様ですよ、俺の女神様」
「えっ……破壊の、女神様?」
「そう言われてますね。それでも『好みのお酒は~』って、伺ってみます?」
「こ、ここはこの店の勝負所っ、サンタ=ペルナ様のお墨付きが頂ければっ」
「マジかー、まぁ良いですけど……そしたら俺たちが飲む分は、手数料としてタダでもらってきますよ?」
「そりゃもちろん! こりゃとんでもない商機が巡ってきたぞぉ!」
やれやれ。商魂たくましいのは結構だが、女神様のお怒りを買わなきゃいいんだけど。
そこからは、店主さんが次々店にある酒瓶を荷車に乗せていくのをしばらく待っていた。
どうやら荷車1台では収まりそうに無い。もう満タンだ。店主さん、残りの物はケースに入れだした。手持ちか。
「では、参りましょう! 祭壇はお屋敷の中ですか?!」
「いや特に祭壇ってのは無いんですが……まぁ、外でってのも失礼に当たるので、屋敷までは持っていきましょう」
商機に燃える店主さんは、一人で荷車を引いていく。近いのは階段なので、ケースをそれぞれ1つ持ってる俺とアリアさんは階段で先回りした。
「ねぇシューッヘ君、女神様、怒ったりしないかなぁ。女神様を商売に使うなんて」
「どうだろうね。ザックリ言っちゃうと、俺も女神様の『怒りの沸点』が知りたいんだよね。何が良くて、何がダメか」
「試すの? 女神様を」
「うーん、結果的にはそうなっちゃうけど、女神様は大量のお酒が手に入るし、もしお墨付きが出れば出たで商人さんもハッピーだし」
「大丈夫かしら……」
「それとさ。ペルナ様ってちょっと知名度低めじゃん? 女神様公認のお酒を通して、知名度アップしたら良いなとも思う」
「……なんか、酒の神様みたいな扱いになりそうな予感がするぅ」
アリアさんは渋い顔をしている。まぁ、女神様のご性格からすれば、悪意が無ければ多分大丈夫。
女神様を利用しようというよりは、恩恵に与ろうって雰囲気だから、大丈夫なんじゃないかな?
と、そうこうしているうちに屋敷に到着。
アリアさんが先に進んで、ドアノブをつかむと鍵が開く音がした。どういうマジック?
「ふー、重かった」
普段重たい物を持つ生活をしていないので、ケース一杯の酒瓶はかなり腕に堪えた。
アリアさんも入ってきて、俺のケースの横に同じ様にケースを並べた。
「旦那様に奥方様、早かった……その酒瓶は?」
「あぁこれ? 酒屋さんにちょっと頼まれごとしてさ」
「……もしや旦那様は、相当飲まれる方だったか? 夕飯時にワインの一杯も出さずに……」
「いやいや、これ全部、女神様への供物。俺が飲む分じゃ無いから。俺、酒弱いし」
再度ケースを持ち上げようとすると、フェリクシアさんが素早く飛んできてケースを持ってくれた。
「ありがとう。ホールの端に置いておいて。これの数倍は、今から荷台で来るから」
「数倍?! 酒屋は一体何を考えているんだ……」
そう言いながらアリアさんの持ってきた酒瓶もまた、フェリクシアさんがホールに運んでくれる。
さて、俺は俺にしか出来ない仕事の下準備にでも入りますか。
俺はホールの机の中央に椅子を合わせて座り、手を組んだ。
「女神様、女神様……」
久しぶりの呼びかけな気がする。女神様元気かなぁ、最近はお供え物もしてなくて、申し訳なかったなぁ……
『あら、シューッヘくんじゃない。お久しぶりー』
「女神様! 酒が来ます!」
『うん、見てた。私宛のだけでも82本も持ってこさせて、私にどうしろってのよ』
「えーっと……『女神様セレクト』をチョイスして頂く?」
『あのねぇ。人間の味の基準と、神が酒を選ぶ基準は大分違うわよ? 私のチョイスが美味しいって訳じゃ無いわよきっと』
「どうもあの酒屋商人さんにとっては、女神様のっ、というのが大事らしいのでそれでも良いのでは、と」
『いい加減ねぇ。まぁセレクト自体はしてあげるけど、さすがにちょっと待ってよ? 82本分の酒受けを用意するから』
「あぁ、それでしたらいっそ酒瓶ごと持って行かれては?」
『あんまり下界の物をここに増やすと、天界の気が淀むのよ。5分くらいで準備できるから、待ちなさい』
「はーい」
82本もあったのか。で、その82本の酒を受けとる容器が、5分で準備出来る、と。
何処取っても規格外だよな、女神様って。
と、入口のドアがノックされる。あのドアのノック音は初めて聞くが、意外とコツコツと、木を叩いた様な音がした。
フェリクシアさんが駆けていって、扉を開ける。入口の前には荷台。酒屋さんは汗だくだ。
何やらフェリクシアさんと酒屋さんが話してるなと思ったら、フェリクシアさんが荷台からケースを持ってきた。
しかも凄いな、片手に1ケース。一度に2ケースを運んでくる。俺、あれ1つで腰やられそうになったんだけど……
次々ケースが運び込まれ、ホールの隅がどんどん酒だらけになっていく。
地球のビール瓶ケースと違って木で作られたケースだから雰囲気は良い。ビール瓶ケースだといかにも『宴会前』の雰囲気が出てしまう。
フェリクシアさんがタオルを持って駆けていく。それを、酒屋さんに渡した。
汗だくの酒屋さんはそのタオルで顔と頭を拭った。洗って返しますとか何とか聞こえたな。
さてしかし。ここからどうしようかな。
1本1本机に乗せてお祈りして……というのを82回も繰り返すのは、俺の我慢が切れてしまう。
せめて10本ずつ……女神様が対応して下さればの話ではあるが。まぁ悩んでも仕方ない、伺おう。
「女神様ー、何本かまとめてお捧げしても良いですかー? 82回も繰り返すのはちょっとー」
『えっ? あーごめんごめん、なんだって?』
「あのー、82本のお酒を82回も捧げるのが面倒なんですが」
『ぶっちゃけるわねぇ……いいわよ、全部机に載るだけまとめなさい。全部一度に持っていくから』
「ありがとうございまーす!」
よっしゃ、これで82回礼拝苦難問題は解決した!
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