第58話 次々お店で「業者買い」。俺が持って帰るんだったら絶対買わない。フェリクシア様々。
給仕さんに言われた通り、店を出て西へ進み、最初の交差点を右折。曲がってすぐの……ここか。
確かに「変わった入れ物」の看板だ。ひょうたんの様な形の、陶器っぽい絵が描いてある。こりゃなんだ?
「ねぇアリアさん、これって何?」
「んー、あたしも分かんない。お酒入れる容器とか?」
「あーぽいぽい。この位の大きさの物なのかな」
ひょっと手を広げてみる。くびれた所を握って、こんな風に酒を注ぐ……とか、そんな用途だろうか。
ショーウィンドウの部分に目をやる。そこには、いわゆる抹茶茶碗を彷彿とさせられる椀が幾つかあった。
その茶碗の手前に、看板に描かれていた陶器の道具があった。小さい。手のひらに収まるサイズ感だった。
「うーん、なんか少し専門性が、求める方向とは違う気もするけど……入ってみる?」
「そうね……良いのあるか分かんないけど、取りあえず見てみましょ?」
俺は頷いて、店のドアノブに手を掛けた。四角い扉は、この世界で始めて見る横開き式の扉だった。
ガラガラっとその扉が音を立てて開く。中から、ふわっとお香の様な香りがする。
「ごめんくださーい、良いですか?」
と……声を出すも、何の反応も無い。俺はアリアさんの顔を伺った。
アリアさんも、キョロキョロと店内を見て店員さんを探している様子だが、俺もそうだが店員さんを見つけられない。
「あのーすいませーん、入っても良いですかー?」
アリアさんが俺より張った声で店内に呼びかけた。
しかしこれも相変わらず、誰の反応も返ってこずに終わった。
「……どうしよっか、アリアさん」
「入っちゃえば良いんじゃない? 扉も鍵が閉まってた訳じゃ無いし」
及び腰な俺より堂々としているアリアさんの言葉に乗って、俺は店の中に入った。
中はちょっと薄暗く、古民家か古道具屋にでも来ている感覚だった。
誰もいないにしては、店内はよく整頓されている。竹の様な植物製の製品が多いように思えた。
陶器を見に来たのだが……陶器のコーナーとかは無いのかな。
と、俺が進んでいくと、レジ台のところに
「御用の方は鈴を鳴らしてください」
と書いた書き置きと、金物の鈴が置いてあった。鈴と言っても、メイドさんを呼ぶのに使いそうなタイプの、柄の長い鈴だ。
取りあえず俺は間違いなく御用はあるので、鈴を持ち上げて慣らしてみた。チリリン、と甲高い音が響く。
すると、奥の方から人の足音が聞こえてきた。ようやく店の人が現れるらしい。
「お客様でしたか、失礼を致しました」
柱の陰からヌッと出てきたのは二足歩行の犬。いや、犬呼ばわりしてはいけない、ローリスは多種族国家だった。
犬……ひょっとすると狼かも知れないが、そもそも犬と狼の区別が付かないのでどっちなのか俺には分からない。
「おやお客様は、獣人とはあまり接点がございませんか」
店主はニュートラルな調子で言った。顔に出てたか……ただ、怒っている訳でも、呆れている訳でも無さそうだ。
「すいません。俺自身『獣人』という方々がいない世界で育ってきまして……」
「獣人がいない世界……? 失礼ですが、お客様はノガゥア卿でいらっしゃいますか」
「はい、俺はシューッヘ・ノガゥア。こちらが妻の、アリア・ノガゥアです」
勢いで思わず言ってしまったが、まだ結婚式とか届け出とかしていないのにノガゥア姓にしてしまって良かったのかな。
「それはそれは。ご夫婦でお出ましとは、聞いていましたらおもてなしも出来ましたのに」
「いえそんな。今日は街をぶらぶらしながら、屋敷に必要な物を買い揃えている途中なんですよ」
「当店へは、何をお求めに?」
「陶器類です。もっとも、この木の……俺の世界だと竹と呼んでましたが、竹製品も素敵ですね」
「世界が違えど呼び名は同じなのでしょうか、ローリス始めこの世界でも、これらは竹と申します」
女神様翻訳の力で『竹』に聞こえているのか真実『竹』なのかは分からない。
とは言え、いちいち呼び変えて話をしなくて済むので楽ではある。
「お屋敷に置かれるとなると、それなりに大きな物をお探しですか?」
「あーいえ、諸々全部、というのが目指すところなんですが、キッチンで使う様なお皿とか、客用含めたティーセットとか、色々です」
「客用ティーセットでしたら、幾らか扱いがありますよ。よっと……どうぞこちらへ」
レジ台のところから降りてきて、俺たちを先導してくれる。店の奥にと進んでいく。
「それぞれ1つしか出ていませんが、全て20客揃えのティーセットです」
指し示された、壁付けの棚に載ったティーカップとソーサー、意外と多彩だ。
如何にも普通な、飾り気の無いカップもあれば、内に外に花柄が描かれたカップもある。
1、2、3……7種類もある。俺が客人をもてなすとして、どれを選ぼうかな。
「後は、10客揃えの物はこちらになります」
棚の反対側、台の上に載っているのはもっと多かった。こちらはより個性的で派手な物が多い。
10客、20客。うーん、あくまで客人用だから、10客もあれば十分かな、20人もあの屋敷入れないだろうし。
10客揃えのカップを見ていくと、上品で良い物を見つけた。広口のティーカップで、上辺にだけ飾りが描かれている。
コーヒーカップだとまた別なんだが、ティーカップはそこそこシンプルな方が見栄えが良い、と俺は思う。
「アリアさん、客用のティーカップはこれにしようと思うんだけど、どう思う?」
「ちょっと地味? あ、でもそんな事無いね、お茶が入ると丁度良いバランスになりそう」
「じゃこれは決定にしよう。ご店主、まずはこれを10客で頂きます」
「かしこまりました。お持ち帰りになりますか、当店で運びますか?」
「うちの優秀なメイドさんが、支払い兼々取りに来ます。それで大丈夫ですか?」
「もちろんです。ティーカップが決まりましたら、同数か、せめて半分の数のミルクポット・シュガーポットなどもあると良いですね」
ふむ、ミルクと砂糖のコンテナか。客にお茶を出して……必ずしも譲り合って使ってくれるとも限らないからな、これも10個セットで買っていくか。
「ミルクポットとシュガーポットも10個で合わせようと思います。どの辺りにありますか?」
「それらはこちらですね。多少形が違う程度で代わり映えがあまりしませんが」
言われて案内された方を見てみる。同じ様な白磁の小さなピッチャーみたいなのと、蓋付きの容器が並んでいる。
よくよく観察してみても、「ここちょっとせり上がってる」とか「ここにスプーン掛けがある」とか、その程度の差しかない。
「違いが分かんないなぁ……正直どれでも良いんですが、さっきのカップに合わせるとしたら?」
こうなりゃ恥も外聞もない、プロに聞くのが一番早い。
「そうですね……カップとソーサーがシンプルですので、あまり華美なのは避けた方が良いかと。この辺りがお勧めでしょうか」
と、並んだ中の1つを指差される。言われても、他のどこが華美だかまるで分からない。
「じゃ、これも10個セットで。シュガーポットも同じシリーズのはありますか?」
「はい、ございます。ただシュガーポットは少し納品にお時間が掛かります」
「分かりました、多分ですけど今日の内に取りに来てくれるとは思うので、渡せる分だけ渡して下さい。お会計はその時に一括で構いません」
「承知いたしました。他に気になる物はございますか?」
気になる物はある。竹、もしくは竹ひごで編んだ籠っぽい花入れみたいなのとか。屋敷のテンションに合わないので却下だが。
「そう言えば、ショーウィンドウには派手な器が並んでいますね。あれはどういった用途で使うんですか?」
「色々ですね。東方伝来物で、伝来元では何か儀式的に用いると聞きますが、ローリスでは水を飲む器にされる方も、かき氷などを入れる器にされる方もおみえです」
「自由ですね」
「はい。器はあくまで入れ物ですので、使い方はそれぞれの方がお決めになられれば良いですので」
言われて、ショーウィンドウの裏側から器類を見てみる。確かにかき氷の器と言われると、それっぽく見えてくる。
パッと見、日本の茶道で使う抹茶碗なんだよな。地色と言い、大きさと言い。彩色と文様が、もう少し派手だが。
うちでかき氷が食べられるのかは分からないが……3人分だけ、買っていってみるか。
にしても、模様と絵で悩むなこれ。かき氷用だから涼しげなのが良いとは思うが……
地色がクリーム色っぽい所に、それぞれ彩色や文様が描かれている。この赤い小さなカニが描かれたのは可愛いな。俺はこれにしよう。
「アリアさん、かき氷用にって考えたら、アリアさんはどれにする? あと出来たらフェリクシアさんのも選んで欲しいな」
「んー、かき氷用なら、これかしら。フェリクのはこれが似合う気がする」
アリアさんが選択したのは、川の流れが涼しげな色で描かれた器。確かに涼しげで良いな。
フェリクシアさん向けとして選んだのには、魚の群体が泳ぐ様が描かれている。なるほど、これも海を連想させて涼しげだ。
「ご店主、この、これとこれとこれも、頂いていきます」
「はい、ありがとうございます」
「これで大体揃ったかなぁ……」
頭を抱える俺にアリアさんが一言。
「厨房用が何も揃ってないよ?」
……しまった、客人の事ばかり考えていた。今はフェリクシアさんの私物の皿を借りている状態、早く買わないといけない。
「厨房用、と仰ると、比較的普段使いですか?」
「え? そうですね、メイドさんに作ってもらった料理を盛ってもらう様な、そんな用途です」
「それでしたら、中央市場2番のドミナ陶器店が良いかと思います。とにかく数を揃いでまとめて。そんな用途にはもってこいです」
「へー、ドミナ陶器店の話は、さっきそこの甘味処の店主からも聞いたんですよ。ちょっと胡散臭い店主さんから」
「ドミナ陶器店は、料理を提供するお店であれば何処も使っているのではないでしょうか。一般家庭用だとロットが整いませんが、貴族様のお屋敷であれば、大丈夫かと」
「1枚2枚じゃ買えないお店、ってことですか?」
「そうですが、そこまで最低ロットは大きくはありません。物に寄りますが、5つから、10個から、と言った程度ですので」
「あ、確かにそれだったら、俺たちの買い物なら問題無さそうです」
俺は店内を改めて、名残をこめて見回した。
面白そうな物はあるんだが、なかなか屋敷のテイストに合う物は無かった。
「それじゃあ、後でうちのメイドの、フェリクシアさんという女性が来ます。精算もそこで」
「女性ですか? かなりの重さになりますが……」
「優秀な魔導師さんなので、重い軽いはあんまり問題にならないみたいです。昨日も食料品だけで、凄い量買ってきてましたから」
「でしたら、お任せ出来そうですかね……もし難しければ私も手伝いますので、そのフェリクシアさんにお伝え下さい」
「お心遣い、ありがとうございます」
俺は店を出た。
日も大分高くなっていて、店外の暑さが身に堪える。意外と長居をしてしまったようだ。
「さて。お昼買い食いプランも考えていたけど、ここの店の場所とか伝えないといけないから、屋敷に戻らないとだね」
「そうねぇ。ちょっと楽しみだったけど、それよりお屋敷の整備が優先だもんね、仕方ないや」
そう言うアリアさんの表情はちょっと残念そうな顔付きになっている。
うーん、二人で食事、というシチュエーションはやっぱり特別だったのかな。さっきの店じゃ生姜にやられてそれどころでは無かったかも。
「まだ午後の早い時間だから、おやつとか、二人で食べよ?」
「わぁ素敵! じゃ、一回お屋敷に戻りましょ」
うーん現金なと言うか。アリアさんらしいシンプルな考え方だと感じた。
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